<ポイント>
・国際的に広く調査研究やモニタリングのために使用されている、「保育環境評価スケール第3版(ECERS-3)」※1を用い、保育の質を数値的に評価することで“可視化”しました。
・本研究における専門性向上プログラム※2は、ECERS-3による事前評価で基準点を下回った項目に焦点を当て、専門家が担任保育者および施設長に約1時間のオンライン・フィードバックを行うというものです。
・専門性向上プログラムの効果をクラスターランダム化比較試験(RCT)※3により検証した結果、ECERS-3の総合スコアが統計的に有意に改善し、特に「保育者の子どもに対する関わり方」「物的環境」「時間の使い方」に関連する指標で改善が確認されました。
・本研究は、保育の質を「可視化」するだけでなく、その結果を保育現場に丁寧にフィードバックすることで、保育の質の改善につなげられる可能性を示しました。
慶應義塾大学文学部の藤澤啓子教授、学習院大学経済学部の深井太洋准教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科のLe Quang Chien特任講師、慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子教授の研究グループは、保育の質を包括的に評価する観察尺度である「保育環境評価スケール第3版(ECERS-3)」を用いて、保育者向けの専門性向上プログラムを開発し、その効果をクラスターランダム化比較試験(RCT)により検証しました。
本プログラムでは、事前に実施したECERS-3評価に基づき、基準点を下回った項目について、専門家が担任保育者および施設長に対して約1時間のオンライン・フィードバックを行いました。その結果、ECERS-3の総合スコアが統計的に有意に改善し、特に「保育者の子どもに対する関わり方」「教材・玩具などの物的環境」「時間の使い方」に関する指標で改善が確認されました。
本研究は、保育の質という数値化が難しい領域について、観察に基づく科学的な視点から評価を行い、その結果を現場に還元することで質の改善が検証可能な形で確認できる可能性を示したものです。
■研究背景
幼児教育・保育は、子どもの発達を支える重要な社会基盤です。近年、日本でも待機児童対策などを通じて保育の「量」の拡大が進められてきましたが、今後は保育の「質」をどのように把握し、向上させるかが大きな課題となっています。たとえば、2023年12月に閣議決定された「こども未来戦略」において、幼児教育・保育について「幼児教育・保育の質の向上」が具体的な施策の一つとして明示的に掲げられています。
一方で、保育の質は、安全や衛生的環境の確保は言うまでもなく、保育者と子どもの関わり、教材や玩具の整備、活動の組み立てなど、多面的な要素から成り立っています。そのため、質を単純な数値で表すことには慎重さが求められます。しかし同時に、保育現場の実践をよりよく理解し、強みと改善の余地を把握するためには、科学的に信頼性と妥当性が確認された尺度を用いて保育の質を定量的に評価することも重要です。
本研究では、国際的に広く調査研究や質のモニタリングに用いられている「保育環境評価スケール第3版(ECERS-3)」を用い、保育の質を観察に基づいて数値的に評価しました。さらに、その評価結果に基づき、改善が必要と考えられる項目に焦点を当てる専門性向上プログラムを設計し、短時間の個別フィードバックが保育の質の改善につながるかを検証しました。
■研究内容・成果
(イラスト:いらすとや、フリーイラストjp)
本研究では、東京都内の一自治体にある幼稚園3園および認可保育所14施設の5歳児クラス20クラスを対象としました。対象クラスを介入群と対照群にランダムに割り付け、すべてのクラスについて、年度前半と年度後半の2時点でECERS-3による観察評価を実施しました。
介入群では、事前評価においてECERS-3の基準点である3点を下回った項目について、専門家が担任保育者および施設長に対し、約1時間のオンライン・フィードバックを行いました。フィードバックでは、ECERS-3の考え方や評価結果を説明したうえで、良い点を伝えるとともに、改善が望まれる点について、写真や具体例を用いて説明しました。対照群には、研究期間中にはフィードバックを実施せず、研究期間後に評価結果を共有しました。
分析の結果、介入群では対照群と比較してECERS-3の総合スコアが統計的に有意に改善しました。推定された改善幅は0.527ポイントで、標準偏差の約0.9倍に相当する改善が確認されました。さらに、どのような側面で改善が生じたのかを検討するため、ECERS-3の指標を「保育者の子どもに対する関わり方」「物的環境」「時間の使い方」「その他」に分類して分析しました。その結果、「保育者の子どもに対する関わり方」「物的環境」「時間の使い方」に関する指標で改善が確認されました。
特に重要なのは、本研究の介入が、一般的な研修のように抽象的な助言を行うものではなく、観察評価によって明らかになった、対象クラスに特化された具体的な改善点に焦点を当てる点です。ECERS-3で一定の基準を下回った項目について、なぜそのスコアになったのか、改善するとすればどのような方法が考えられるかを専門家が説明し、施設側と議論するプログラムを実施しました。保育の質を「評価して終わり」にするのではなく、現場が評価結果を読み解き改善への道筋を建てることを支援することによって、実践が改善されるという一連の流れを実証的に検討した点に特徴があります。保育の質は、数値だけで完全に捉えられるものではありません。しかし、学術的に設計された観察尺度を用いることで、現場の強みや改善の手がかりを可視化し、保育者・施設長・専門家が共通の視点で実践を振り返ることが可能になります。
■今後の展開
本研究は、保育の質を科学的な視点から評価し、その結果を用いた短時間の専門性向上プログラムによって質の改善につなげられる可能性を示しました。これは、観察とデータに基づいて保育実践を振り返り、改善につなげる取り組みに向けた重要な一歩といえます。本研究で示されたような、短時間・オンライン・観察結果に基づくフィードバック型のプログラムは、保育現場の負担を抑えながら、質改善に向けた具体的な行動を始める方法として有望です。今後は、より多様な地域・施設、年齢クラスでの大規模な検証、内部人材による実施可能性の検討、改善された保育の質の長期的な効果や子どもの発達への影響の検証などを通じて、保育現場の状況やニーズに合った持続可能な質向上の仕組みを検討していくことが期待されます。
■参考文献
Fujisawa, K.,K., Fukai, T., & Nakamuro, M. (2023). Quality of early childhood education and care in Japanese accredited nursery centers: A study using the Early Childhood Environment Rating Scale, Third Edition (ECERS-3). PLoS ONE 18(2): e0281635. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0281635
藤澤啓子・深井太洋・中室牧子 (2026) 幼児教育・保育の質評価者養成プログラムの開発:保育環境評価スケールを用いて 発達心理学研究, 37 (2). https://doi.org/10.11201/jjdp.37.0180
■論文情報
掲載誌:Early Childhood Education Journal
論文題名:Improving ECEC Quality Through an ECERS-3–Based Professional Development
Program: Evidence from a Cluster-Randomized Controlled Trial in Japan
著者:Keiko K. Fujisawa, Taiyo Fukai, Chien Le Quang, and Makiko Nakamuro
DOI:https://doi.org/10.1007/s10643-026-02223-7
■研究助成
本研究は、経済産業研究所「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」プロジェクト、三菱財団社会福祉事業研究助成、東京財団政策研究所、科学技術振興機構、科学研究費助成事業、慶應義塾学事振興資金、慶應義塾福澤基金研究補助の支援のもと実施されました。
■用語説明
※1 保育環境評価スケール第3版(ECERS-3)
Early Childhood Environment Rating Scale, 3rd editionの略称。幼児教育・保育の質を観察に基づいて評価する国際的な尺度であり、空間と家具、養護、言葉と文字、活動、相互関係、保育の構造など、保育環境を複数の側面から評価する。
Harms, T., Clifford, R. M., & Cryer, D. (2016). 新・保育環境評価スケール① 3歳以上(埋橋玲子,訳).京都:法律文化社.(Harms, T., Clifford, R. M., & Cryer, D. (2015). Early Childhood Environment Rating Scale (ECERS-3), Third Edition. New York: Teachers College Press.)
※2 専門性向上プログラム(Professional Development Program: PDプログラム)
保育者の知識・技能・実践を高めるための研修や支援プログラム。本研究では、ECERS-3の観察評価に基づき、基準点を下回った項目について専門家が個別にフィードバックを行う短時間のオンライン・プログラムを指す。
※3 クラスターランダム化比較試験(cluster-randomized controlled trial, RCT)
個人単位ではなく、施設やクラスなどの集団単位で介入群と対照群をランダムに割り付け、介入の効果を検証する研究デザイン。本研究では、5歳児クラスを単位として介入群と対照群を設定した。
■研究内容についてのお問合せ先
慶應義塾大学 文学部 教授 藤澤啓子(ふじさわけいこ) E-mail:fujisawa@flet.keio.ac.jp
学習院大学 経済学部 准教授 深井太洋(ふかいたいよう)E-mail:taiyo.fukai@gakushuin.ac.jp
■本リリースの配信元
慶應義塾広報室 担当:道祖土(さいど)
TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640
E-mail:m-pr@adst.keio.ac.jp
https://www.keio.ac.jp/
学習院大学学長室広報センター
TEL:03-5992-1008
E-mail:koho-off@gakushuin.ac.jp
https://www.univ.gakushuin.ac.jp/
▼本件に関する問い合わせ先
学長室広報センター
TEL:03-5992-1008
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メール:koho-off@gakushuin.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/








