思い返せば、新型コロナウイルス感染症の拡大時は、動画配信サービスだけが友達だった。憂鬱(ゆううつ)な日常をしばし忘れたくて、韓国ドラマばかり見ていたあの頃。物語に没頭したいのに決まっておなかがすき、集中を乱された。私が食いしん坊だからではない。作中に出てくる食べ物があまりにもおいしそうだからだ。

 取材のため、駐新潟韓国総領事館の協力で4月、韓国・ソウルを訪れた。誓って私は食いしん坊ではないが、せっかくソウルに来たのだから、あのグルメを味わってみたい。K-POPと並ぶ韓国製コンテンツの代表格・韓国ドラマに登場した地などを歩き、現地のグルメを味わった。(デジタル・グラフィックスセンター 由井佳苗)=2回続きの1=

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◆映えるソウルの「普通」のテッパンメニュー

 初めて訪れたソウルの夜は、想像以上におしゃれだった。そして、何気なく歩いていただけで、ドラマで見たことのある場所に出くわす。それほどソウルはロケ地が多いのだ。

 ソウル駅前の高架型歩道「ソウル路7017」は、イタリアンマフィアの弁護士が活躍するドラマ「ヴィンチェンツォ」の主人公が歩いていた。

  右手に見えた「ソウルスクエア」は、韓国でオフィスワーカーのバイブルともいわれるドラマ「ミセン」の主人公の勤務先として登場したビルだ。シュールレアリスムの画家・マグリットの作品を思わせるプロジェクションマッピングで彩られていた。

ライトアップされた「ソウル路7017」から望む「ソウルスクエア」

 数々の歴史ドラマの舞台となってきた朝鮮王朝時代の古宮「景福宮」の夜間特別観覧では、明かりが建物の美しさを引き立てていた。

景福宮の夜間特別観覧。近くの店で「韓服」をレンタルし、着ていくと無料で、順番待ちの列に並ばず入ることができる

 ロケ地だらけの「映える」街、ソウル。対して、現地の人々が偏愛する居酒屋メニュー「チメク」は実に普通であるところに親近感が止まらない。

 「チメク」とは、「チ」キンとビール(「メク」チュ)を一緒に楽しむことを表す造語。大ヒット作「愛の不時着」に登場するなど、韓国ドラマでは高確率で誰かがやっている。日本でもチキンとビールはテッパンの組み合わせだが、韓国ではフェスが開催されるほど人気なのだという。

居酒屋の人気メニュー「チメク」。奥は韓国のおでん

 滞在先のホテル近くの店に入り、チメクを注文した。たくさん歩いて疲れた体に、冷たいビールが染み渡る。チキンはカリカリの衣に味が付いていてスパイシーだ。間違いなくビールに合う。

 屋外に張ったテントの下に椅子とテーブルが並んだ、気取らない雰囲気の店。観光客らしき人の姿はなく地元の人ばかりで、みんな楽しそうにお酒を飲んでいる。にぎやかだ。これがソウルの日常なのかもしれない。日本から来たよそ者であることをしばし忘れて、店の喧騒に身を任せた。

◆日本ではあまり見かけない?キンパをくるり「ケランマリ」

 韓国語が話せず、ハングルも読めない私は、徒歩移動が安心できる。ソウル中心部にある新潟県ソウル事務所への取材も歩いて向かった。

 事務所のある「貞洞キル(チョンドン通り)」もまたロケ地だった。古宮「徳寿宮」の石垣に沿って続く道は、ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」「トッケビ」などに登場した。周辺には、かつて外国の公館だった建物などが残り、韓国の近代史に触れることができる。  

徳寿宮沿いの石垣道。定番の散策コースとして知られる

 「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」で印象深かったグルメといえば、韓国ののり巻き「キンパ」だろう。主人公は自閉スペクトラム症を抱える女性弁護士。「のり巻きは安心。材料が一目瞭然で、予想外の味に驚くことがない」と言って、朝食にいつもキンパを食べていた。

 外国人にとってもそれはありがたい。お昼時に、オフィス街のキンパ専門店に入った。「日本ではあまり見かけない」と聞いたので、のり巻きをさらに薄焼き卵で巻いた「ケランマリ」を頼んだ。

のり巻き「キンパ」を卵焼きで巻いた「ケランマリ」

 なるほど、たしかに断面を見れば苦手なものが入っていないかが分かり、慣れない異国の旅先でも安心できる。

 ノリと、ごま油の香り。そこに卵焼きの香りが合わさり、食欲を誘う。食感も風味も違うさまざまな具が入っており、ハーモニーが楽しい。韓国でキンパはおやつのような位置付けらしいが、ランチとしても十分満足感があった。

 店の様子を見る限り、韓国のオフィスワーカーたちはテイクアウト派が多いようだった。おなかいっぱいで店を出て歩くと、ソウル市中心部の人工河川・清渓川沿いには連れだってご飯を食べている人たちの姿があった。ちなみに、この清渓川もよくドラマに登場する。

ソウル市民の憩いの場・清渓川。周辺にはオフィスビルなどが立ち並ぶ

<下>に続く