
ネットフリックスで独占配信中のドラマシリーズ「地面師たち」が人気です。実際にあった巨額詐欺事件を下敷きに、架空の土地取引をでっちあげる地面師詐欺グループの暗躍を描写。主演の綾野剛さんや豊川悦司さんの名演と電気グルーヴの石野卓球さんの劇伴(劇中伴奏音楽)が、物語のテンポを加速させます。
ところで「地面師たち」に新潟県出身の俳優2人が出演しているのをご存じですか? 地主になりすます老人役として強烈な存在感を放つ五頭岳夫さん(阿賀野市出身)と、地面師たちのターゲットにされる大手住宅メーカーの社員を熱演した清水伸さん(新潟市出身)です。
二人のキャリアと、新潟との縁を新潟日報の記事で振り返ります。
五頭岳夫さん
故郷の五頭連峰にちなみ…改名に込めた「原点回帰」
「人の心に潤いを…」闘病から“次の舞台”へ
映画「万引き家族」では駄菓子屋常連客、「翔(と)んで埼玉」では群馬県人、NHK大河ドラマ「いだてん」では酒屋の店主-。脇役ながら印象深い演技が愛され、数え切れないほどの映画やドラマに出演を続けている俳優がいる。五頭岳夫さん75歳。阿賀野市出身だ。
舞台俳優としてデビューして約30年は、本名と漢字1字違いの「小林直二」で活動していた。故郷の山にちなんだ芸名を名乗るようになったのは2006年。映像の役者として本格的に再スタートした時だ。
「改名は『原点回帰』。僕の原点は故郷の水原。五頭連峰の水が蒲原平野を豊かにしているように、人の心を潤わせる俳優でありたいという願いを込めました」と思いを語る。

五頭さんは1948年、旧水原町の農家に生まれた。10人きょうだいの末っ子で、幼少時からドラマや映画に親しみ、俳優への夢が芽生える。高校卒業後、東京にある短大で自動車整備を学び、一度は都内の会社に就職したが、夢を実現しようと、夜間の俳優養成所を経て「青年劇場」に入団。舞台俳優になった。
全国の中学校と高校で年間約150ステージを巡演。舞台に立てる幸せをかみしめていた。しかしやりがいに満ちた舞台俳優生活は入団17年目に一転する。あごの骨の膿胞が悪化し、滑舌よくセリフを言うことが困難になった。さらに胃がんが発覚し、五頭さんは舞台を退く。45歳だった。
舞台俳優の過去を捨てるため手元の上演台本や舞台関係書籍をほぼ処分。映像の世界で俳優を続けることを第2の人生にすると決意した。役者業のバイブルにしていた浮田左武郎の著書で、自分の芝居が「俳優である以前の人間性がにじみ出ている」と評されていたことが支えとなった。
同じ俳優業とはいえ、実績もつてもない映像の世界。あごと胃がんの治療や手術を繰り返し、飲食業などのアルバイトをしながら、映像エキストラとして地道に出演を重ねた。

たとえ1カットだけの出番でも、五頭さんは、リアルで印象に残る芝居を追究し続けた。やがてその確かな演技力が評価され、いつしか映像業界で知られる存在に。今では多くの映画監督が五頭さんを指名してくるまでになった。
「ワンデー・ワンシーン俳優」と自らを称する、その名バイプレーヤーに、転機となった作品や郷里への思いを聞いた。
本間千英子(ライター・編集者)
撮影はフリーカメラマン・内藤雅子
転機となった作品、そして監督との縁
佐向大監督の「教誨師」で脚光、白石和彌監督らとの出会い…
2007年以降、数多くの映画やドラマ、コマーシャルやプロモーションビデオに出演し続けている五頭岳夫さん。大きな転機になった作品は18年の「教誨師(きょうかいし)」(佐向大監督)だという。
読み書きができず、自分をだました人間をすら心配するお人よしの死刑囚役。実在の死刑囚の映像や資料を参考にした演技は高く評価された。物語の終盤、五頭さん演じる死刑囚が教誨師に自分の「宝物」を手渡すシーンが胸を打つ。
「この作品を機に、エキストラではなく役名と名前がクレジットされる仕事が格段に増え、映画を見た新人監督からも出演を依頼されるようになりました」

白石和彌監督との初仕事である「凶悪」(13年)の撮影も忘れがたいと語る。五頭さんは多くの土地を所有する老人役で、土地の転売をたくらむ悪人たちに生き埋めにされる。
「12月のロケで寒くてねえ。夜中、山奥に掘られた穴に投げ込まれて、土が顔にもかかったところがアップになった。白石監督が演技を気に入ってくれて、その後、いろんな作品で僕のための役を作ってくれるようになりました」
配信ドラマ「火花」(全10話・16年)で、白石監督は五頭さんに主人公2人と関わる「奇妙なおじいさん」役を当て書き。物語に癒やしをもたらすキャラクターとして存在感を放った。さらにテレビドラマ「フルーツ宅配便」(全12話・19年)で主人公が通うラーメン屋の大将役にキャスティングした。
火葬場職員役で出演した映画「最後まで行く」の藤井道人監督とは、17年の配信ドラマ「野武士のグルメ」(全12話)出演をきっかけに知り合い、懇意になった。
「燕市にあるホテル公楽園が第1話の舞台だったドラマ『日本ボロ宿紀行』(全12話・19年)も藤井監督の演出で、僕が新潟出身だからと声をかけてくれたんですよ」
配信ドラマ「インフォーマ」(全10話)でも一緒に仕事をし、「五頭さんはいつも若々しい。どうしてそんなに元気なの?」と驚かれたと笑う。06年以降、病状は落ち着いているが、検査のため定期的に通院。普段から食事など自己管理を徹底し、体調維持に努めている。
役柄で求められることには体当たりでベストを尽くす姿勢は...