
東京の旧陸軍被服廠跡に積まれた、関東大震災の犠牲者の遺骨と骨灰の山=1923年9月
102年前に発生した関東大震災では、神奈川県の方が震源に近いのに、離れていた東京府(当時)の死者数が神奈川の倍以上になった。東大などの分析で明らかになった死者の住所分布は、急激な工業化で東京東部に人口が集中し、災害に弱かった都市構造や、家族全員が逃げ込んだ先で火災に巻き込まれた可能性を浮き彫りにする。研究者は、資料をさらに検証する必要性を強調する。
「局所的な範囲に、多くの人の住所が集中している」。今回分析に当たった東大地震研究所助教の大邑潤三さんや、神奈川大元特任教授の北原糸子さんは指摘した。
関東大震災を長年研究してきた北原さんによると、第1次世界大戦後の好景気を受け、当時の東京は急速に...
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