─がん免疫療法の向上へ─
藤田医科大学の上田(あげた)洋司講師と土田邦博教授、東京医科大学病院の嶋田善久客員准教授、東京医科大学の吉岡祐亮講師と落谷孝広特任教授、北海道大学の渡辺雅彦教授(研究当時)らの共同研究グループは、がん免疫療法のターゲットとして知られているProgrammed death-ligand 1(PD-L1)がユビキチン様因子であるUbiquitin like-3(UBL3)注1による修飾を受け、細胞外へ分泌されるナノサイズの小型細胞外小胞(small extracellular vesicle, sEV)注2へ輸送される仕組みを解明しました。さらに、高脂血症治療薬スタチンがPD-L1のUBL3化修飾を阻害し、細胞外へ放出されるPD-L1含有sEVの量を抑制することを発見しました。スタチンががん免疫チェックポイント阻害療法の効果を高める新たな可能性を示しました。
本研究成果は、Springer Natureの学術ジャーナル「Scientific Reports」のオンライン版で2025年12月15日に公開されました。
論文URL: https://www.nature.com/articles/s41598-025-27789-x
<研究成果のポイント>
PD-L1がUBL3による翻訳後修飾を受け、sEVへ輸送される新たな仕組みを発見。
高脂血症治療薬スタチンがUBL3化修飾阻害作用を有していることを世界で初めて発見。既存の生活習慣病治療薬をがん免疫療法に応用できる可能性。
スタチンが細胞外へ放出されるPD-L1含有sEVの量を抑制することを発見。
肺がん患者の血清中では、スタチン服用者でPD-L1含有sEVが有意に低下。
UBL3とPD-L1の遺伝子発現レベルが肺がんの生存率に影響する可能性を公開肺がんゲノムデータセットの解析により示唆。
<背 景>
エクソソームを代表とするsEVは、がん細胞、間葉系幹細胞など様々な細胞種から分泌されるナノメートルサイズの小胞体です。研究グループはこれまでにUBL3による新たな翻訳後修飾注3機構を発見し、UBL3化を受けたタンパク質がsEVへ輸送されることを見出していました(図1, Ageta et al., Nat Commun 2018, Cell Mol Life Sci 2019)。
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がん細胞は活性化したエフェクターT細胞によって排除されますが、がん細胞膜表面上のPD-L1が、T細胞の膜表面上に発現するPD-1へ結合することによって、T細胞の活性を抑制することが知られています(図2左)。がん免疫チェックポイント阻害薬では、PD-L1もしくはPD-1に対する抗体により、その反応系を阻害することで、T細胞によるがん細胞の排除を促進させています(図2右)。
免疫チェックポイント阻害薬は有効性が非常に高い一方、治療効果が確認できた患者は全体の約25%と低いことが問題であり、その原因は不明でした。特に、がん細胞が放出するPD-L1含有sEVは、がん免疫療法の効果を損ねる要因とされており、その輸送メカニズムの解明が課題でした。
研究グループは、PD-L1が「UBL3化修飾」という新しい仕組みによりsEVへ運ばれること、そして高脂血症治療薬スタチンがその過程を抑えることを見出しました。
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<研究手法・研究成果>
研究グループは、PD-L1がUBL3という翻訳後修飾因子によって「UBL3化修飾」を受けることを発見しました。このUBL3化修飾によってPD-L1がsEVへ輸送され、細胞外へ放出されることが明らかになりました。さらに、高脂血症治療薬であるスタチンにはUBL3化修飾に対して強い阻害作用を有していることを見出し、スタチン投与により細胞外へ放出されるPD-L1含有sEV量が減少することを発見しました。また、肺がん患者由来血清を解析したところ、スタチンを服用している患者では、PD-L1含有sEVの量が有意に低いことが分かりました。また、公開されているデータベース(UCSC Xena)注4を解析することで、UBL3とPD-L1の両方が高発現レベルの患者では、肺がん患者の生存率が有意に低いことが判明しました。これらの結果から、スタチンがUBL3を介したPD-L1の分泌を抑える新たな分子機構を示しました(図3)。
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<今後の展開>
本研究により、PD-L1がUBL3化修飾によってsEVに輸送されるという新しい免疫制御メカニズムが明らかになりました。これは、がん細胞が免疫から逃れる分子機構を理解するうえで重要な発見です。また、スタチンがUBL3化を阻害し、PD-L1の分泌を抑えることから、既存の生活習慣病治療薬をがん免疫療法に応用できる可能性が示されました。今後は、UBL3化阻害剤としてのスタチンに着目した臨床研究を発展させることで、がん免疫療法に対する新しい併用療法の開発や、他の免疫関連分子への応用研究が期待されます。これにより、がん治療の個別化と治療効果のさらなる向上が見込まれます。
<用語解説>
注1) Ubiquitin like-3(UBL3): UBL3は、ユビキチンに類似した構造を持つ翻訳後修飾因子であり、特定のタンパク質をsEVへ輸送する役割を担う。Ubl3欠損マウスから精製した血中のsEV内の総タンパク質量が、野生型と比較して約60%減少しており、UBL3が細胞間シグナル伝達やがん関連タンパク質の分泌制御に重要であることが示唆されている。
注2) 小型細胞外小胞(small extracellular vesicle, sEV):sEVの一部は、エクソソームとも呼称され、ほぼ全ての細胞種から放出される小胞であり、産生細胞に由来する特定のタンパク質やmiRNAを内包し標的細胞に再び取り込まれることで新たな細胞間コミュニケーションとして働き、がん転移や神経筋変性などの疾患を含めた様々な生命現象に関与している。
注3) 翻訳後修飾:翻訳されたタンパク質に対して、リン酸基、アセチル基、脂質、タンパク質など修飾因子が付加される現象を翻訳後修飾と呼ぶ。合成されたタンパク質の多くは翻訳後修飾による制御を受け、様々な生命現象に関与していることから、翻訳後修飾に対する阻害剤は医薬応用されている。
注4) UCSC Xena:公開されている大規模ながんゲノムや、臨床データセットをウェブブラウザ上で簡便に可視化、解析できるツール。
<文献情報>
論文タイトル:
Statins attenuate PD-L1 sorting to small extracellular vesicles dependent on ubiquitin-like 3 modification
著者:
上田洋司1)、嶋田善久2)、永岡唯宏1)、竹中一希1)、吉岡祐亮3)、今野幸太郎4)、雨宮涼介2)、長瀬久美子2)、常陸圭介1)、尾之内高慶5)6)、 渡辺雅彦4)、落谷孝広3)、土田邦博1)
所属:
1)藤田医科大学 医科学研究センター 難病治療学研究部門
2)東京医科大学病院
3)東京医科大学 医学総合研究所 未来医療研究センター 分子細胞治療研究部門
4)北海道大学大学院 医学研究院 解剖発生学教室(研究当時)
5)藤田医科大学 オープンファシリティセンター
6)修文大学 医療科学部
DOI:10.1038/s41598-025-27789-x
本件に関するお問合わせ先
学校法人 藤田学園 広報部 TEL:0562-93-2868 e-mail:koho-pr@fujita-hu.ac.jp














