酒井憲次郎(酒井隆行さん提供)

 現在の新潟市秋葉区出身で日本の航空史に名を残したパイロットがいる。酒井憲次郎(1903〜32年)。飛行機がまだ非常に珍しかった時代に空を縦横無尽に飛び回った。後に千歳空港が開設される北海道の村に飛行機で初めて降り立ったほか、新潟市にも飛来した。民間のパイロットとして活動を始めてから今年で100年となる。ゆかりの地に今も息づく記憶をたどり、わが国の空を開拓した県人の功績を紹介する。

(報道部・桑田実結)

萬代橋開通式で曲芸披露、信濃川中州の飛行場に初着陸…

親族「負けず嫌いで探究心がある人という印象」

 1929(昭和4)年8月23日、新潟市で3代目萬代橋の開通記念式が開かれた。信濃川河口の両岸を埋め尽くした人々は、初めて目にする飛行機が繰り出す宙返りなどの曲芸に歓声を上げた。酒井が操縦する飛行機は、チラシやテープを上空からまいた。

 酒井の生涯に詳しいノンフィクション作家の相原秀起さん(63)=札幌市=は「パイロットとして技術的に秀で、サービス精神も旺盛な人物だったのだろう」とみる。

3代目萬代橋の竣工を記念した絵はがき。川の上を飛ぶ酒井機も写っている(新潟ハイカラ文庫提供)

 酒井は03(明治36)年、現在の新潟市秋葉区古津に生まれた。長岡工業学校(現長岡工業高)機械科を経て、埼玉県の所沢陸軍航空学校に入校。卒業後は2年間学校に勤務し、一等飛行機操縦士の免許を取得した。

 当時はまだ旅客機は普及しておらず、民間で飛行機の活用に乗り出していたのは速報合戦にしのぎを削った新聞社だった。

 酒井は操縦士として北海道の小樽新聞社(北海道新聞の源流の一つ)の航空部に迎えられ、26年10月には千歳村(現千歳市)に初着陸した。しかし...

残り3790文字(全文:4410文字)