金沢工業大学大塚作一教授の研究グループ

金沢工業大学 産学連携室の大塚作一教授の研究グループは、2025年度に、夜景を人が見たままの印象で普通紙に印刷できる世界初の技術を開発しました。

この技術は、これまで難しかった「自然な夜景の色や明るさ」を再現できる点が高く評価され、国際会議「IDW2025(The 32nd International Display Workshops)」でBest Paper Awardを受賞しています。

プレスリリース2026年3月4日発表 https://www.ict-kanazawa.ac.jp/2026/03/04/38204/

 

さらに今回、研究グループはこの技術を発展させ、白昼の室内で逆光のような見え方が難しい環境でも、実際に見たままの色合いを再現できる新しい技術の開発にも成功しました。

この技術により、周囲の明るさや光の影響に左右されにくい、より自然な見え方を紙の上で表現できるようになり、今後は印刷やデザイン、広告など、さまざまな分野での活用が期待されます。

 

【逆光下で運転席から前方を撮影した画像の例】

以下に比較できるよう、「①HDR原画像」、「②HDRトーン生成画像(デジカメ相当)」、「③提案手法による生成画像(hMDR)」の3つの画像を掲載します。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O1-vWaxRHN6

全体的に非常に暗く見えますが、太陽光が直接反射している部分はこの状況でも白飛びを起こしています。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O5-8crj1WrL

明るい部分では前方の空が濃い空色に再現されるなど不自然さが目立ちます。また、暗い部分でもダッシュボードの色見本が不自然に派手になっていることが分かります。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O2-BL6NV161
空の色、ダッシュボードの色見本など、自然な色調で再現されています。また、この画像のコントラスト比は約30:1に抑えられているので、普通紙にも問題なく印刷可能になりました。

 

■背景と課題

近年、電子ペーパーに代表される省エネルギー型ディスプレイの需要が拡大しています。一方で、これらの表示媒体はダイナミックレンジ(明暗の表現幅)が限られており、明るい部分と暗い部分を同時に自然に表現することが難しいという課題がありました(付図1参照)。

 

また従来の画像処理は、ハイライトやシャドーを強調する手法が主流であり、結果として人間が最も敏感に知覚する中間階調の自然さが損なわれるという問題が存在していました(付図2参照)。

 

■技術の特長(人間中心アプローチ)

本研究では、視覚情報処理の新しい枠組みとして「NVP(Normalized Visual Percept)仮説」を提案しています。

この仮説では、

・網膜は単なる受光センサーではなく情報を適応的に圧縮する機能を持つ

 ・ 視覚は「感覚・知覚・認知」の段階で処理され、最初の部分の処理を網膜が担う

 ・ 明るさの感じ方は時間帯(体内時計)に依存する

といった観点から、画像生成プロセスを再設計しています。

従来の機械中心の最適化ではなく、「人にとって自然に見えるか」を評価軸とした設計に転換している点が特徴です。

 

【網膜の役割に関する考え方の比較】

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O8-7U7yi32I

左が従来の一般的な考え方で、網膜は単純な光センサーと考えられてきました。 右側は本研究における仮説で、網膜は大域処理を利用して適応的に処理内容を変化させるアクティブセンサーとしての役割を果たします。このとき、局所処理は人間の脳の視覚野に任せることが出来ると仮定しています。

 

■技術の仕組み

hMDRは、以下の2段階処理により実現されます。

① hSDR生成

HDR画像を約70:1のレンジに圧縮し、一般ディスプレイや印刷に適した形式へ変換

② hMDR変換

さらに約30:1へ圧縮し、低ダイナミックレンジ環境でも自然な視覚再現を実現

このプロセスにより、照明条件や時間帯の変化に左右されにくい安定した表示品質を確保します。

 

【2段階変換の概念図】

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O4-B9041KgU
第1段階のhSDRへの変換過程は概日リズムを考慮して、状況に応じて変化する特性を有します。一方、第2段階のhMDRへの変換は、印刷への追加対応を目的としているので、入力画像に依存せず常に一定の変換を行います。

 

■技術的優位性

本技術は以下の点で優位性を有します。

・中間階調の再現性向上
 明暗の強調ではなく中間領域を重視し、実視感に近い画像を実現

・単一画像による高品質処理
 複数露光合成を必要とせず、動体ブレの低減および感度向上に寄与

・高効率な実装
 グローバルトーンマッピング(GTM)※および1次元LUT※で実装可能なシンプル構成

 

※グローバルトーンマッピング
人間の目には捉えきれない広い明暗の差(HDR)を持つ画像を、一般的なディスプレイで表示できる明るさや色彩の範囲に圧縮する画像処理技術の一つ

 

※1次元LUT
映像や画像の明るさ(輝度)、コントラスト、ガンマカーブを調整するために使われる最も単純なデータ変換表のこと

 

■実証結果

屋内シーン(人物・料理・逆光条件など)における評価において、

 ・ 自然さの主観評価が従来方式より有意に向上

 ・ 明部・暗部のバランス改善

 ・ 日常環境での実用性を確認

といった成果が得られています。

 

【逆光下の画像例】

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O9-6OflY3Yr
各々、上段がHDR原画像で下段が生成されたhSDR画像。 レベルは知覚的な逆光の強さの程度を示します(得られたトーンカーブの比較は付図3参照)

 

■社会的意義と応用分野

本技術は、映像・表示技術分野において以下の価値を提供します。

●環境負荷低減

低消費電力ディスプレイでも高品質表示を実現し、省エネルギー社会に貢献

●人間中心設計への転換

視覚特性に基づく設計により、ユーザー体験の質を向上

●安全性向上

車載表示や監視システムにおいて視認性を改善し、事故防止に寄与

●技術の裾野拡大

単一画像処理により、一般ユーザーでも高度な画像品質を利用可能

 

■想定される応用分野

・ 電子ペーパー・屋外ディスプレイ

・ 車載機器・交通インフラ表示

・ スマートフォンカメラ

・ 印刷・映像制作分野

 

■今後の展望

本研究は、人間の視覚と体内リズムを組み込んだ新しい画像処理パラダイムを提示するものです。今後、ディスプレイ設計、コンピュータビジョン、AI画像処理など多様な分野への展開が期待されます。

大塚教授は「人間の見え方を基準とした技術開発を通じて、より自然で快適な視覚体験の実現を目指す」としています。

 

■研究グループについて

当研究成果は5月5日から5月8日まで米国ロスアンゼルスコンベンションセンターにて行われた情報表示国際会議(Society for Information Display: SID)において初めて発表されました。

●大塚 作一教授 (金沢工業大学産学連携室)

● 林 道大 教授(国際高等専門学校国際理工学科)

● 比良 祥子(鹿児島大学大学院理工学研究科)

● 岩井田 早紀(鹿児島天文館メディカルカレッジ)

 

<付録>

 

【付図1】 実際のスマートフォンで撮影した画像と提案手法で生成した画像の比較
(a)(c)がスマートフォン撮影画像、(b)(d)が提案手法で生成した画像>

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O3-D2Xx7ydD

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O7-2S3nZe2f

スマートフォン撮影画像では明るい青を強調する処理が行われた結果、石垣の形状情報が完全に失われています。また、満開の桜の明暗のコントラストも不自然に高い。一方提案手法で生成した画像が、石垣の形状情報がきちんと再現されており、全体的に自然で奥行き感のある画像が生成されています。

 

【付図2】

 実際のスマートフォンで撮影した画像と提案手法で生成した画像のヒストグラム分布の比較

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O10-558R3uq7

スマートフォン撮影画像では暗部と明部に多くの領域を割り当てようとした結果、中間調の部分が相対的に狭められていることが分かります。一方で、提案手法では、暗部はゼロから始まるのではなく、灰色に浮かせた状態から始まるように工夫しているにも拘らず、中間調部分の領域が広い。かつ、暗部も明部もグラデーションを残しています。

【付図3】 HDR原画像からhSDR/hMDRへの総合入出力特性

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606170996-O6-4jU5ZLsF
hMDRへの2段階目の変換を施した画像においては、ハイライト側とシャドー側の中間輝度隣接領域(点線で囲んだ2か所)が共に相対的に圧縮されずに保存されていることが分かります。