<ポイント>
・ミトコンドリアと小胞体の接触領域(MERCs※1)が、ミトコンドリアへ鉄を供給する「鉄供給ハブ」として機能することを発見しました。
・ヘム分解酵素HMOX2※2がヘム由来の鉄をミトコンドリアへ供給し、エネルギー産生を支えることを解明しました。
・ミトコンドリア病、神経変性疾患、鉄代謝異常症などの病態理解や治療法開発への応用が期待されます。
■研究の概要
学習院大学の柳茂教授、大学院生の大塩聖(研究当時)、東北大学の椎葉一心助教らの研究グループは、東北大学、東京薬科大学、東京都健康長寿医療センターとの共同研究により、ミトコンドリアと小胞体の接触領域(MERCs)がミトコンドリアへの鉄供給を担う新たな仕組みを明らかにしました。
鉄は生命維持に必須の元素であり、ミトコンドリアではエネルギー産生に必要な鉄硫黄クラスターやヘム※3の材料として利用されています。しかし、細胞内でどのようにミトコンドリアへ供給されるのかは十分に解明されていませんでした。
本研究では、MERCsにおいて、小胞体に存在するヘム分解酵素HMOX2がヘムから鉄を取り出し、ミトコンドリアへ供給する仕組みを発見しました。また、この過程がミトコンドリアユビキチンリガーゼMITOL※4によって制御されていることを明らかにしました。
本研究により、MERCsがエネルギー産生に必要な鉄をミトコンドリアへ供給する「鉄供給ハブ」として機能することが明らかになりました。
これらの成果は、ミトコンドリア病や鉄代謝異常症をはじめとするミトコンドリア関連疾患の理解を深めるとともに、将来的な治療法開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年6月10日付けで細胞生物学分野を代表する国際学術誌「Nature Cell Biology」に掲載されました。また、本論文は編集部により注目研究として選定され、研究内容の意義や背景を広く紹介する招待解説記事(Research Briefing)も併せて掲載予定です。
■研究の背景
鉄は細胞のエネルギー産生や代謝に必須の元素です。特にミトコンドリアでは、エネルギー産生を担う呼吸鎖複合体の構成要素である鉄硫黄クラスターやヘムの合成に利用されるため、ミトコンドリアへの適切な鉄供給が欠かせません。しかし、ミトコンドリアへの鉄供給機構には未解明な点が多く残されていました。近年、ミトコンドリアと小胞体は細胞内で接触領域(MERCs)を形成し、脂質やカルシウムの受け渡しを担うことがわかってきました。
柳教授らの研究グループはこれまで、ミトコンドリア外膜に存在するユビキチンリガーゼMITOLがMERCsの形成や機能を制御することを報告してきました。しかし、MERCsが脂質やカルシウム以外の代謝制御に関与するかどうかは十分に分かっていませんでした。そこで本研究では、ミトコンドリアへの鉄供給機構の解明につながる可能性を考え、MITOL周辺に存在するタンパク質を網羅的に解析し、MERCsにおける未知の代謝物質制御機構の探索を行いました。
■研究の内容
最初に、近位依存性ビオチン標識法と質量分析を組み合わせ、東京都健康長寿医療センターとの共同研究によりMITOL周辺に存在するタンパク質を網羅的に探索した結果、ヘム分解酵素HMOX2がMITOLの近傍因子として同定されました(図1左)。HMOX2はこれまで小胞体に局在するタンパク質として知られていましたが、詳細な解析の結果、ミトコンドリアと小胞体の接触領域(MERCs)にも存在することが明らかになりました(図1右)。
図1:HMOX2はミトコンドリアと小胞体の接触領域(MERCs画分)にも発現している。(左)MITOL近傍タンパク質の網羅的解析結果を示す。近接標識法(TurboID)により、HMOX2がMITOL近傍に存在する有力な候補タンパク質として同定された。子宮頸がん由来HeLa細胞を用いてMITOL周辺のタンパク質を網羅的に解析した結果、これまで小胞体タンパク質として知られていたHMOX2がMITOL近傍に存在することが明らかとなった。(右)細胞分画とウェスタンブロット法・質量解析によってタンパク質の発現領域を同定した。MITOLは既報通りミトコンドリアとMERCs画分に検出された。これまで小胞体タンパク質として知られるHMOX2が本研究結果からMERCsにも発現するタンパク質であることが示された。
さらに、HMOX2はヘムを分解して鉄を取り出す酵素であることから、研究グループはHMOX2がミトコンドリアへの鉄供給に関与している可能性に着目しました。解析を進めたところ、MITOLはMERCsにおいてHMOX2をユビキチン化※5し、そのヘム分解酵素活性を高めることが分かりました。一方、MITOLによるユビキチン化を受けない変異体HMOX2では、この酵素活性が低下していました(図2左)。
そこで研究グループは、HMOX2によってヘムから取り出された鉄がミトコンドリアへ供給されている可能性を検証するため、細胞からミトコンドリアを単離し、東北大学との共同研究のもと、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)を用いてミトコンドリアに含まれる金属量の測定をおこないました(図2右)。その結果、HMOX2を欠損させた細胞のミトコンドリア内の鉄量が減少していました。さらに、MITOLにユビキチン化されない変異体を発現させた細胞でもミトコンドリア内鉄量は低下していました。これらの結果から、MITOLによって活性化されたHMOX2がMERCsにおいてヘム由来鉄を供給し、ミトコンドリア内の鉄量維持に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
図2:ミトコンドリア内の鉄量はMITOL・HMOX2によって制御されている。
(左)HMOX2の酵素活性を解析した結果、MITOLによるユビキチン化を受けない変異体HMOX2では活性が著しく低下していた。このことから、MITOLはHMOX2のヘム分解活性を高めることで、ヘムからの鉄の取り出しを促進していると考えられた。(右)4種類の細胞からミトコンドリア画分を単離し、ICP-MSによってミトコンドリア内の金属量を測定した。マンガン(Mn)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)の量には大きな変化は認められなかったが、鉄(Fe)の量のみが②HMOX2欠損細胞と④変異体HMOX2(K68R)再発現細胞で低下していた。この結果は、ミトコンドリア内の鉄量維持にHMOX2が必要であり、特にMITOLによるHMOX2の制御が重要であることを示している。①野生型細胞, ②HMOX2欠損細胞, ③野生型HMOX2再発現細胞, ④変異体HMOX2(K68R)再発現細胞(MITOLによるユビキチン化を受けない)を示す
加えて、HMOX2を欠損させた細胞では、ミトコンドリア内の鉄量が減少するだけでなく、エネルギー産生に重要な呼吸鎖複合体を構成するタンパク質量も減少し、ミトコンドリア呼吸活性の低下が認められました(図3)。このことから、HMOX2によって供給される鉄は、単にミトコンドリア内に存在するだけでなく、呼吸鎖複合体の維持やエネルギー産生に実際に利用されていることが示されました。
図3:HMOX2が供給する鉄はミトコンドリアのエネルギー産生に利用される。ミトコンドリア呼吸活性を測定したところ、②HMOX2欠損細胞・④変異体HMOX2(K68R)再発現細胞・⑤ヘム分解不活性変異体HMOX2発現細胞・⑥鉄欠乏処理細胞で低下していた。この結果は、ミトコンドリアの呼吸活性の維持にHMOX2のヘム分解反応や鉄が必要であり、特にMITOLによるHMOX2の制御が重要であることを示している。①野生型細胞, ②HMOX2欠損細胞, ③野生型HMOX2再発現細胞, ④変異体HMOX2(K68R)再発現細胞(MITOLによるユビキチン化を受けない), ⑤ヘム分解不活性HMOX2再発現細胞, ⑥鉄欠乏処理細胞を示す
これらの結果を踏まえ、研究グループは「MERCsに存在するHMOX2がヘムを分解して鉄を産生し、その鉄がミトコンドリアへ受け渡されることでエネルギー産生が支えられている」というオルガネラ接触部位を足場とした新たな鉄供給モデルを提唱しました(図4)。
図4:本研究の概要図。ミトコンドリア上のMITOLがMERCsを介して小胞体上のHMOX2をユビキチン化し、HMOX2のヘム分解によって産生された鉄がミトコンドリアに供給される
■本研究成果の意義
ミトコンドリア機能異常は、ミトコンドリア病、神経変性疾患、老化関連疾患など多くの疾患と関連しています。本研究は、ミトコンドリアへの鉄供給を制御する新たな分子機構を明らかにしたものであり、これらの疾患における鉄代謝異常や発症機構の理解に重要な知見を提供します。
さらに本研究は、これまで主に脂質やカルシウムの受け渡しの場として研究されてきたMERCsが、鉄代謝制御の中枢としても機能することを示したものであり、細胞内小器官コミュニケーション研究に新たな視点を提供する成果です。
将来的には、MERCsを介した鉄供給機構を標的とした新たな治療法や、ミトコンドリア機能を改善する創薬研究につながることが期待されます。
■発表者
大塩 聖(学習院大学 大学院生=研究当時/現在 京都大学助教)
椎葉 一心(学習院大学 助教=研究当時/現在 東北大学助教)
伊藤 直樹(学習院大学 研究員=研究当時/現在 学習院大学助教)
岡田 直純(学習院大学 大学院生)
山口 風哉(学習院大学 大学院生=研究当時)
石川 悠人(学習院大学 大学院生=研究当時/現在 学習院大学研究員)
長島 駿(東京薬科大学 講師)
藤川 雄太(東京薬科大学 准教授)
梅澤 啓太郎(東京都健康長寿医療センター研究所 准主任研究員)
三浦 ゆり(東京都健康長寿医療センター研究所 研究部長)
清水 未崎(東北大学 研究補助員)
斎藤 芳郎(東北大学 教授)
山口 智之(東京薬科大学 教授)
稲留 涼子(学習院大学 研究員)
柳 茂(学習院大学 教授)
■論文情報
論文名:Mitochondria–ER contacts function as an iron supply hub
雑誌: Nature Cell Biology
著者名:Hijiri Oshio, Isshin Shiiba, Naoki Ito, Naozumi Okada, Fuya Yamaguchi, Yuto Ishikawa, Shun Nagashima, Yuuta Fujikawa, Keitaro Umezawa, Yuri Miura, Misaki Shimizu, Yoshiro Saito, Tomoyuki Yamaguchi, Ryoko Inatome, Shigeru Yanagi
URL:https://doi.org/10.1038/s41556-026-01974-0
DOI:10.1038/s41556-026-01974-0
■研究助成
本研究は、JSPS/MEXT科研費(JP22K15399, JP22H05574, JP24H01327, JP24K18382, JP23K14185, JP22K20637,JP21K06844, JP23K02691, JP20H04911 and JP20H03454)、武田科学振興財団、興和生命科学振興財団、上原記念生命科学財団、第一三共生命科学研究振興財団および日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号 JP20gm5010002 and JP25gm2110001)の支援を受けて実施されました。
■用語解説
※1 MERCs(Mitochondria–Endoplasmic Reticulum Contact Sites):
ミトコンドリアと小胞体が10~30 nm程度の距離で接近して形成する接触領域。脂質、カルシウム、鉄などの物質輸送や情報伝達の場として機能し、細胞の恒常性維持に重要な役割を果たす。
※2 HMOX2(ヘムオキシゲナーゼ2):
ヘムを分解して鉄、一酸化炭素、ビリベルジンを生成する酵素。
※3 ヘム:
鉄を含む環状化合物で、ヘモグロビンや呼吸鎖複合体などの構成要素として働く。
※4 MITOL(MARCHF5):
ミトコンドリア外膜に存在するE3ユビキチンリガーゼ。ミトコンドリアの分裂・融合などのミトコンドリア動態制御、ミトコンドリア品質管理、およびMERCsの機能制御に関与する。
※5 ユビキチン化:
タンパク質にユビキチンが付加される翻訳後修飾。ユビキチンの結合様式により、タンパク質の分解、活性、局在、相互作用などを調節することが知られている。
■研究に関する問い合わせ
学習院大学理学部生命科学科(分子生化学)
教授 柳 茂
Tel:03-5992-1262
E-mail:shigeru.yanagi@gakushuin.ac.jp
東北大学大学院薬学研究科生体統御システム学分野
助教 椎葉 一心
TEL: 022-795-6837 (内線:6837)
E-mail:isshin.shiiba.b6@tohoku.ac.jp
■報道に関する問い合わせ
学習院大学学長室広報センター
Tel:03-5992-1008
E-mail:koho-off@gakushuin.ac.jp
東北大学大学院薬学研究科総務係
Tel:022-795-6801
E-mail:ph-som@grp.tohoku.ac.jp
東京薬科大学入試・広報センター
Tel:042-676-4921
E-mail:kouhouka@toyaku.ac.jp
東京都健康長寿医療センター総務課総務係広報担当
Tel:03-3964-1141
E-mail:kouhou@tmghig.jp
▼本件に関する問い合わせ先
学長室広報センター
TEL:03-5992-1008
FAX:03-5992-9246
メール:koho-off@gakushuin.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/


