10月5日に60歳を迎える横田めぐみさんへの思いを語る母早紀江さん=3日、川崎市
10月5日に60歳を迎える横田めぐみさんへの思いを語る母早紀江さん=3日、川崎市
札幌に帰る祖父の見送りに行った新潟空港で笑顔を浮かべる横田めぐみさん。拉致される前の最後の写真となった=1977年10月、父滋さん撮影
家族旅行先で寄り添って写真に収まる横田めぐみさん(右)と母早紀江さん=1974年、広島県呉市
日本海を眺める横田めぐみさん(左から2人目)と家族。撮影は父滋さん=1976年、新潟市
横田めぐみさん

 新潟市で北朝鮮に拉致された横田めぐみさん1977年11月15日、新潟市立寄居中学1年の時の下校中に失踪。2002年9月の日朝首脳会談で北朝鮮は拉致を認めた。北朝鮮はめぐみさんは「死亡」したとして04年に「遺骨」を出したが、DNA鑑定で別人のものと判明。北朝鮮の説明などに不自然な点が多く、日本政府は生存を前提に再調査を求めているが、北朝鮮は「拉致問題は解決済み」としている。=失踪当時(13)=が10月5日に60歳の誕生日を迎える。母の早紀江さん(88)が3日、川崎市で報道陣の取材に応じ「60歳って信じられない。想像がつかない。本当に何とかしてやりたい」と帰国できないまま、流れた時の長さを嘆いた。

 早紀江さんは、自室に飾っているめぐみさんの写真を傍らに置いて取材に応じた。拉致される前に父滋さん(2020年に87歳で死去)が撮った制服や着物姿のものと、北朝鮮から提供された写真だ。いずれも還暦の姿を思い描くよすがとしては若過ぎる。

 「いつもそこにいるような感じで(写真に)話しかけている。『まだ連れて帰ってあげられないんだよね。こんなに頑張ってるんだけど、だめなんだよね』って」。早紀江さんの声に深い悔しさがにじむ。

横田早紀江さんが持参しためぐみさんの写真とめぐみさんが旅行先で買ってきてくれた陶器の壺=10月3日、川崎市

 滋さんが亡くなった後は、誕生日に特別なお祝いをしなくなり、2024年も静かに過ごすつもりだ。「(祝っても)何とも言えないむなしさで、かえってしんどい。それより、闘わなきゃという気持ちが強い」

 帰国はおろか、...

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