我々生物は、周期的に与えられる視覚や聴覚などの感覚刺激に対して、その周期を予測して予め運動を開始することができる。この予測的運動制御能力は、感覚刺激後、運動を開始するまでの遅延(通常、約0.2 秒程度)を補償し、動的な環境下で正確かつ遅れのない行動を可能にする、生存に不可欠な機能である。また、球技スポーツや楽器演奏などにおいても必須の機能である。本研究は、この予測的な感覚-運動変換の能力が異なる感覚間でどのように共有されるのかを金魚の反射的な眼の動きを用いて検証した。
1.研究成果のポイント
・ 金魚は視覚刺激を用いた訓練により予測して眼を動かせるようになるが、頭部回転刺激(前庭刺激)を用いた訓練では同様な予測的眼球運動を獲得できないことを示した。
・ ところが、視覚刺激を予測して眼を動かせるようになった金魚は、前庭刺激に対しても、予測的な眼球運動を行えることが見出された。
・ これらの結果は、視覚的な訓練で獲得された予測的な感覚-運動変換能力が、前庭刺激に対する運動にも転移することを示した初めての例である。
・ また実用的には、前庭刺激を用いても身につかない予測的運動能力を、視覚刺激を用いることにより間接的に身につけられることを示した例となる。
2.発表概要
我々生物は、周期的に与えられる視覚や聴覚などの感覚刺激に対して、その周期を予測して予め運動を開始することができる。この予測的運動制御能力は、感覚刺激後、運動を開始するまでの遅延(通常、約0.2 秒程度)を補償し、動的な環境下で正確かつ遅れのない行動を可能にする、生存に不可欠な機能である。また、球技スポーツや楽器演奏などにおいても必須の機能である。本研究は、この予測的な感覚-運動変換の能力が異なる感覚間でどのように共有されるのかを金魚の反射的な眼の動きを用いて検証した。
多くの脊椎動物は、自らが動くことにより乱れる視野を安定化させるために「視運動性眼球運動(OKR)(注1)」と「前庭動眼反射(VOR)(注2)」という2種類の反射的な眼球運動を有する(ビデオの手ブレ防止機能に対応する動物に備わった「頭ぶれ防止機能」)。OKR は視覚像の動きにより誘発され、VOR は頭の動きに応じて誘発される。金魚では、動く方向が周期的に切り替わる視覚刺激(例えば8 秒毎に右回りと左回りが切り替わる白黒ストライプ柄の刺激)に対し、その周期を予測して眼を動かす「予測性OKR(注3)」を獲得することが知られていた。一方、同じ視野安定化機能を担うVOR については、周期的な頭の動き(例えば、8秒毎に頭の回転方向が右回りと左回りに切り替わる刺激)に対し、予測的に眼を動かす「予測性VOR」を獲得するかどうかは未知であった。
本研究では、金魚を用いて、まず、周期的な頭の回転刺激(前庭刺激)を与え続けても、予測性VOR は獲得されないことを示した。次に、周期的視覚刺激により予測性OKRを獲得した金魚では、前庭刺激に対してもVOR が予測的に誘発されるようになることを示した(図1)。
このことは、視覚刺激により学習した周期が前庭刺激により誘発される眼球運動に転移したこと(異種感覚間予測能転移)を意味する。これまで視覚と聴覚の間ではこのような異種感覚間予測能転移が生じることが知られていたが、視覚→前庭感覚間の予測能転移の存在は今回の研究で初めて実証された。OKR とVOR は、人の動体視力に深く関わる眼球運動であり、これらの結果は、実用的には、前庭刺激を用いて訓練しても獲得できない予測的な運動能力を、視覚刺激を用いた訓練により間接的に身につけられる可能性を示唆している。
本研究成果は、2025年12月16日(英国時間)に、英国生理学会の学術誌「TheJournal of Physiology」オンライン速報版に掲載された。
3.実験の概要と主な結果
[前庭刺激のみによる予測性VOR 獲得実験]
金魚が前庭刺激により予測性VOR を獲得するかどうか明らかにするため、「矩形波」と「のこぎり波」の2つの前庭刺激を用いて実験した(図2)。
まず、予測性OKRを獲得することがよく知られている視覚刺激と同様に、矩形波速度状に頭部を回転させ3時間学習させた。その前後に学習時の前庭刺激よりも回転時間が2倍の矩形波状前庭刺激を与えた。一方で、頭の回転を検知する三半規管は加速度センサーとして働き、一定速度での頭の回転を徐々に検知できなくなる特性を持つ。そこで、三半規管を刺激し続けることができるよう、のこぎり波状に頭の速度を変化させる前庭刺激でも同様の実験を実施した。どの条件でも、OKRが誘発されないよう暗闇内で前庭刺激を与えた。
その結果、矩形波とのこぎり波(図3 黒線、上下反転)どちらにおいても学習後テスト(図3 オレンジ線)において、学習中の前庭刺激の速度切り替わりタイミング(図3 灰色縦点線)において予測的な眼球速度の低下は見られなかった(図3 オレンジ点線矢印)。つまり、前庭刺激のみでは予測性VOR は獲得されなかった。
[視覚刺激による予測性VOR 獲得実験]
次に、視覚刺激によって獲得された予測能により、前庭刺激に対してもVOR が予測的に誘発されるようになるかを検証した。金魚に、片側方向のみに回転する周期的な視覚刺激(図4 黄色線)を3時間以上与え、予測性OKRを十分に獲得させた後、暗闇にて1分間一定速度で回転し続ける前庭刺激を提示し、VORを評価した。
この際、VOR がOKR を学習した方向と同じ向きの眼球運動として現れるよう、右回り方向(CW)の視覚刺激に対して、前庭刺激は左回り方向(CCW)に提示した。また、予測性OKR を獲得した金魚は、視覚刺激を停止した後の暗闇において、それまでの眼球運動を再現するような予測的な眼球速度の振動を一時的に示す。この予測的振動と、前庭刺激によって誘発される眼球運動とを区別するため、学習後は暗闇での予測的振動が十分に消失するまで待ってから前庭刺激を提示した。
図5に代表的な一例を示す。学習前(図5 上段)の金魚のVOR(緑線)は前庭刺激(黒線、上下反転)に対して、三半規管の特性により徐々に減衰した。その後3時間以上右回りのみに回転する視覚刺激を与え続けられた金魚は良く予測性OKRを獲得し、暗闇で予測的な眼球速度振動(図5 中段)を示した。学習後(図5 下段)のVOR(オレンジ線)には振動(オレンジ点線矢印)が生じた。すなわち、視覚刺激によって獲得された予測的なリズムが、前庭刺激によって再び誘発されたことを示している。
4.論文情報
雑誌名:The Journal of Physiology
論文タイトル: Cross-modal predictive oculomotor control: visually acquired prediction transfers to vestibular-driven eye movements
著者:Toshimi Yamanaka、Yutaka Hirata
DOI: 10.1113/JP289697
URL: https://doi.org/10.1113/JP289697
5.用語説明
注1 視運動性眼球運動(OKR)
視野の大部分が一様に動いたとき、それを追従し視野を安定化させる反射性の眼球運動。身近な例では、電車の車窓から外を見る時に生じる。英語ではOptokinetic Response(略称OKR)。
注2 前庭動眼反射(VOR)
頭部運動時にそれとは逆向きにほぼ同じスピードで眼球を回転させる反射性の眼球運動。これにより、動物が動く際に頭部動揺が⽣じても⾒ているものがブレないで安定した視野が得られる。ビデオカメラの⼿ぶれ防⽌に似た「頭ぶれ防⽌」機能。英語ではVestibulo-Ocular Reflex(略称VOR)。
注3 予測性OKR
周期的な視覚刺激を与え続けると獲得される予測的なOKR。動いている視覚刺激の⽅向転換や停⽌のタイミングを予測し眼球速度を低下させる「予測的減速」と、数時間学習させた後に暗闇にするとそれまでの眼球運動を再現するように眼球速度が振動する「予測的振動」により特徴付けられる。
6.お問い合わせ先
【研究内容について】
平田 豊 (中部大学 理工学部 AI ロボティクス学科 教授)
電子メール ytk.hrt@fsc.chubu.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
中部大学 入試・広報センター(広報課)
TEL:0568-51-5541
メール:chubu-info@fsc.chubu.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/











