【本研究のポイント】
・沈降粒子注1) (マリンスノー)の窒素同位体比注2)を用いて、海洋の基礎生産力注3)の季節変動を高い時間分解能で復元した。
・深さ500mでの炭素隔離効率注4)は、亜寒帯域ではほぼ一定である一方、亜熱帯域では季節によって大きく変動することが明らかになった。
・鉱物成分注5)が粒子の沈降速度や壊れにくさを左右し、粒子凝集体の破砕を通じて炭素フラックスの鉛直減衰注6)を制御する新たな仕組みを提案した。


【研究概要】

 名古屋大学宇宙地球環境研究所の三野 義尚 助教らの研究グループは、海洋研究開発機構との共同研究により、海の中に沈む粒子の窒素同位体比から海洋の基礎生産力の時間変化を復元し、それを用いて生産された有機炭素がどの程度深海に運ばれるか(隔離効率)の季節変動を明らかにしました。
 海洋は大気中の二酸化炭素を吸収し、その一部を深海へ運ぶことで気候を安定化させていますが、その効率がどのように季節的に変化するのかは十分に理解されていませんでした。
 本研究では、北太平洋の亜寒帯と亜熱帯の2つの海域において、約4年間にわたり時系列で捕集した沈降粒子サンプルを分析し、深さ500mにおける炭素隔離効率を定量化しました。その結果、亜寒帯では隔離効率がほぼ一定であるのに対し、亜熱帯では季節によって大きく変動することを明らかにしました。さらに、炭酸カルシウムやオパールといった鉱物成分が、沈降粒子の沈降速度や壊れにくさを左右し、炭素フラックスの鉛直減衰を制御するという新しいメカニズムを提案しました。
 本研究は、表層生態系の違いが粒子の性質を通じて炭素の運ばれ方を決定することを示しており、海洋による二酸化炭素の吸収・隔離の将来変化をより正確に予測するための重要な手がかりとなることが期待されます。
 本研究成果は2026年3月23日(日本時間)付の科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。

【研究背景と内容】

 海洋は、人間活動によって排出された二酸化炭素(CO2)の約1/4を吸収しており、その重要な仕組みの一つが「生物炭素ポンプ」です。これは、植物プランクトンが光合成によってCO2を取り込み、有機物として固定し、その一部が沈降粒子として深海へ運ばれる過程を指します。しかし、表層で生産された有機炭素の多くは、水深200〜1000mの「トワイライトゾーン」と呼ばれる層で分解されてしまい、深海まで到達する割合(炭素隔離効率)は大きく低下します。この有機炭素の減衰過程がどのような要因によって制御され、どのように季節変化するのかは、十分に解明されていませんでした。
 本研究では、西部北太平洋の亜寒帯観測点K2と亜熱帯観測点S1(図1)において、セジメントトラップを用いて約4年間にわたり沈降粒子を時系列で捕集し、その粒子状有機炭素(POC)フラックスや化学組成、窒素同位体比(δ15N)を分析しました。δ15Nは、植物プランクトンが利用する窒素源注7)や生産環境を反映する指標であり、本研究ではδ15Nと基礎生産力(NPP)の間に成立する経験的な関係式を用いて、観測期間中のNPPの時間変化を復元しました。これにより、従来広く用いられてきた人工衛星観測では把握が難しかった亜寒帯域の季節変動を、高い時間分解能で推定することが可能となりました。

図1. 亜寒帯(K2)および亜熱帯(S1)における時系列観測点の位置。
背景色は表層水中の硝酸濃度を示す。

 さらに、復元したNPPと500mにおけるPOCフラックスを組み合わせることで、炭素隔離効率の季節変化のモデル化に成功しました(図2)。その結果、亜寒帯域K2では隔離効率が年間を通じてほぼ一定であったのに対し、亜熱帯域S1では季節によって大きく変動することが明らかとなりました。

図2. K2(青)およびS1(オレンジ)におけるδ15Nとの経験的関係から推定した基礎生産力(NPP)(a)、POCフラックス(FPOC)(b)、および水深500mにおける炭素隔離効率(Seq(500))(c)の変化。
δ15Nは生産力の指標であり、一般にδ15N値が低いと生産力が高い時期(ブルーム期:K2では初夏[6–7月]、S1では晩冬[2–3月])、δ15Nが高いと生産力が低い時期に対応する。
K2に比べてS1では、δ15Nの変動(すなわち季節変化)に伴い、炭素隔離効率が大きく変化し、
とくに生産力の高い時期(S1では晩冬のブルーム期)に増加することを示している。

 この違いを説明するために、沈降粒子に含まれる炭酸カルシウムやオパールといった鉱物成分に着目しました。その結果、これらの鉱物が粒子凝集体の沈降速度や粒子間の接着強度(壊れにくさ)といった物理的特性を左右し、凝集体の分解・断片化のしやすさを通じて炭素の減衰過程を制御している可能性が示されました(図3)。本研究は、海洋生態系の構造が粒子の物理特性を介して炭素循環に影響を与えるという、新たな視点を提示するものです。

図3. K2(a)およびS1(b)における粒子凝集体の化学組成(有機物:OM、オパール:Opal、炭酸カルシウム:CaCO3、陸起源物質:LM)と物理的特性(沈降速度:SV、接着強度:AS)、および炭素隔離効率との季節的関係を示した概念図。粒子の沈降速度や接着強度は、その化学組成や表層での生物活動に依存する。K2では、夏季ブルーム期(6–7月)に珪藻の寄与が増加し、オパール割合の増加に伴って接着強度が増す一方、沈降速度を高める炭酸カルシウムの割合は小さくなるので、これらの効果が炭素隔離効率に対して互いに打ち消し合うと解釈される。これに対しS1では、粒子の主成分は有機物と炭酸カルシウムであり、冬季ブルーム期(2–3月)には炭酸カルシウム割合の増加に伴い、沈降速度および接着強度がともに高まると考えられる。その結果、両者の効果が相乗的に働き、炭素隔離効率の季節変動が大きくなることを
示している。

【成果の意義】

 現在、海に吸収されたCO2が、どの程度の量・期間にわたって海中に貯留されるのか、言い換えれば大気からどれくらい隔離されるのかを正確に把握することが求められており、そのためにはCO2を海洋内部へ効率的に輸送する沈降粒子の研究が注目されています。本研究は、沈降粒子の窒素同位体比から海の生産力の時間変化を復元し、それをもとに炭素がどれだけ深海に運ばれるかを評価する新しい手法を示しました。さらに、亜寒帯と亜熱帯で炭素隔離効率の季節変動が大きく異なることを明らかにし、その違いが粒子に含まれる鉱物によって左右される可能性を示しました。特に、これまでモデル化が難しかった「粒子凝集体の破砕」という過程の重要性を示した点は、海洋の炭素循環の将来予測に大きな影響を与える成果といえます。
 本研究は、2015年度から始まったJSPSの新学術領域研究(研究領域提案型)プロジェクト『北太平洋の海洋低次生態系とその変動機構の解明』の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】
注1)沈降粒子:
海中を沈降する粒子の総称。プランクトンなどの生物の死骸や排泄物、陸起源物質などが集まってできる。水中をゆらゆらと沈む様子が雪のように見えることから「マリンスノー」とも呼ばれる。通常はセジメントトラップと呼ばれる装置を海中に設置して捕集する。
注2)窒素同位体比:
自然界に存在する軽い窒素(14N)と重い窒素(15N)の比率を示す指標。物質の起源や、栄養塩の利用割合、食物連鎖の仕組みを調べるために用いられる。
注3)基礎生産力:
太陽光が届く表層(有光層)において、植物プランクトンなどの独立栄養生物が光合成によって二酸化炭素から有機物を合成する能力やその量を指す。
注4)炭素隔離効率:
本研究では、表層で生産された有機炭素のうち、一定の水深(ここでは500m)より深くまで沈降粒子として運ばれる割合を指す。炭素がより深く、かつ多く運ばれるほど、大気からより長い時間にわたり多くの炭素(CO2)が隔離される。
注5)鉱物成分:
沈降粒子の有機物以外の成分のうち、主に炭酸カルシウム、生物起源オパール(シリカ)、および陸起源物質を指す。
注6)炭素フラックスの鉛直減衰:
有光層より深い海中を粒子が沈む過程で、分解や摂食、破砕などの作用により有機炭素の量が急速に減少する現象。海域ごとの特徴は「マーチンカーブ」と呼ばれる経験式で表されることが多い。
注7)窒素源:
植物プランクトンが利用する窒素の供給源のこと。主に硝酸やアンモニウムが利用されるが、これらが極めて少ない海域では、溶存態の窒素ガスが「窒素固定」によって利用されることもある。

【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Seasonal Variation in Particulate Organic Carbon Sequestration in Subarctic and Subtropical Gyres of the Western North Pacific
著者:三野義尚(名古屋大学)、鋤柄千穂・松本和彦・藤木徹一・喜多村稔・脇田昌英・吉川知里・本多牧生(海洋研究開発機構)
DOI: 10.1038/s41598-026-43514-8
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-026-43514-8

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