新潟水俣病患者の小武節子さんは、阿賀野川沿いの集落で生まれ、子供のころから川魚を食べて育ちました。いつもの生活の中で起きた体の異変、そして外見からは分からない症状だからこそ長く続いた差別や偏見。公式確認から61年がたつ現在も、救済を求めて声を上げる人がいます。原因や今も解決していない理由を、小武さんの人生を軸にイラストで分かりやすく解説します。

イラストで知る新潟水俣病:小武節子さんの体験記
私の人生と水俣病について、お話します
1936年:阿賀野川沿いの集落、新潟市の江口に生まれました

当時、阿賀野川には広い砂浜があって、泳ぎ回って遊んでいました。川魚も子供のときから食べていて、松浜から売りに来る人から買っていました。

1957年:結婚後、下流よりの漁師集落、津島屋に移住しました。津島屋は近所一帯が漁師ばかりでした。夫のいとこも漁師だったので、よく阿賀野川の川魚をもらっていました
当時食べていた魚は、イトヨ、ボラ、ウグイなどです。刺身や味噌汁(ガラ)などにして食べていました

もっともその頃は川魚以外食べるものはありませんでした。川魚は流域住民にとって重要なタンパク源だったのです。

1959年:長男を出産。栄養をつけるために川魚を毎日のように食べました

魚を食べると母乳がよく出るので、周りの人も「食べろ食べろ」とよく言っていました。魚が食卓にのらない日はないぐらい、一生懸命食べました。

1965年:新潟水俣病の公式確認
1966年:体に異変が現れました。朝、顔を洗う時に手が膠着していることに気づきました。しだいに、自分の手が曲がって硬くなって伸びないようになりました。
耳鳴りがして夜眠れなくなり、足がつる症状も出てきました
図解:水俣病発祥の原因は?症状は?
医者に行き、水俣病の症状が出ていると言われましたが、申請はしませんでした。子供がいじめに遭うのを心配したからです

当時、3人の子供が学校に行っており、「親が水俣病なんかに認定された」などと言われれば、いじめに遭うかもしれないという心配があり、申請はしませんでした。
それだけ、当時の水俣病患者に対する差別・偏見はひどいものでした。

1973年:症状が悪化し、認定申請をしました。1975年:認定申請が棄却されました。手元に届いたのは、「あなたは水俣病ではありません」と書かれたはがきだけでした

第1次訴訟が終わってから申請する人が増え、認定基準が厳しくなったのだと思います。

このとき、夫にも同じ症状が出ていましたが、申請を拒否していました

すでに水俣病と認定された夫のいとこが周りから差別されていたことを知っていました。
また、水俣病のことを会社が分かったらクビになるかもしれない、と心配したからです。

1982年:新潟水俣病第2次訴訟に参加しました

魚をもらっていた親族らは認定され、私も水俣病と認めてほしい一心から、新潟水俣病第2次訴訟に参加することに決めました。

1995年:訴訟の長期化により、政治決着。13年半の長い闘いを経て、救済制度の対象者となりました

13年半という期間はとても長く、救済内容は決して十分とは言えませんでした。しかし、「環境と人間のふれあい館」の建設など、県が「水俣病の教訓を生かす事業」に取り組むきっかけになったことは良かったと思っています。

図解:国はどのような救済制度を設けてきたの?
1996年:還暦の同級会に参加した時、自分を避けるように輪ができていました

その後、活動を応援してくれる人もいましたが、この時は訴訟でテレビや新聞に出て活動していた私を、白い目で見ている人もいました。
とても悔しかったことを覚えています。

水俣病は、外見からは症状が分かりにくい人もたくさんいます

病気だという風に見てくれないから、
偏見や差別も生まれたのだと思います

かつて、
「水俣病患者は裁判をしてまで金が欲しいのか」
と言われたこともありました

そういうことを伝えたいという思いもあって、
2001年から語り部としても活動してきました

現在も続く第5次訴訟には、
2023年に亡くなった妹も参加していました
原告側も高齢化しています

妹が判決を聞くことができなかった代わりに、
私が良い判決を聞くことができるまで
頑張って生きたいと思います

公式確認から長い年月が経っている中で、なぜ解決できないの?:差別・偏見を恐れて、声を上げられていない人や自分の症状が水俣病だと気づいていない人もいるとされ、そもそも未だに正確な被害者数は分かっていません。国の認定基準のハードルも高く、現在も解決にはいたっていません

 今回の記事では、小武さんの人生を通して、新潟水俣病問題を分かりやすく伝えてきました。新潟日報デジタルでは、最新の新潟水俣病に関する記事や、過去の連載もご覧いただけます。水俣病問題の理解を深め、早期解決につなげていきましょう。

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