日本大学理工学部物質応用化学科の松田弘幸教授、東北大学大学院工学研究科の大田昌樹准教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の笘居高明教授らによる共同研究グループは、文部科学省のプロセスサイエンス構築事業(Materealize)「ナノ材料の界面・構造制御プロセスサイエンス」プロジェクトにおいて、次世代材料として期待される有機-無機ハイブリッドナノ粒子(HNPs)(注1)の分散・凝集挙動を、化学工学熱力学に基づく相平衡推算法によって定量的に予測する手法を確立しました。
ナノ材料は、エレクトロニクス・触媒・エネルギー・光学・医療などの幅広い分野で機能性材料として注目されていますが、その実用化例は決して多くないのが現状です。その要因のほとんどは、ナノ材料を適切にハンドリングし、目的の形に構造化するプロセス技術が体系化されていないことにあります。そこで本プロジェクトは、2019年度の始動以来、ナノ材料の「材料・プロセス設計原理の構築」を目的とし、相平衡推算や物性推算に基づき各単位操作プロセスを体系化するとともに、プロセス-構造-物性・機能相関を通じて、ナノ材料の社会実装基盤を構築してきました。
本研究では、このプロジェクト指針に基づき、ナノ粒子を「疑似的な分子」として定義し、化学工学熱力学の理論体系である「固液相平衡」を適用することで、これまで研究者の勘と経験に頼っていたナノ粒子の分散・凝集挙動をモデル化することに成功しました。
本研究成果は、2026年5月17日付けでElsevier社が刊行する化学工学熱力学分野の国際学術誌「Fluid Phase Equilibria」に掲載されました。
研究成果のポイント
ナノ粒子を「疑似分子」として取り扱う新しい相平衡理論の確立
わずかな濁りも見逃さない高感度なレーザ透過光測定システムの構築
化学工学熱力学モデルによる高精度な分散挙動の相関と実証
材料物性のみから分散限界を算出する「相平衡推算法」の確立
研究の背景
ナノ粒子は、その巨大な表面エネルギーに起因して極めて凝集しやすい性質を持っています。本来持つ触媒・光学・電気的特性などの優れた機能を最大限に発揮させるためには、溶媒中で安定な分散状態を維持することが不可欠です。この課題に対し、超臨界水熱合成法などを用いて粒子表面を有機分子で修飾した有機-無機ハイブリッドナノ粒子(HNPs)が開発され、特定の溶媒に対する親和性を精密に制御することが可能となりました。これにより、高機能なポリマー複合材料のフィラーなど、幅広い産業分野への応用が期待されています。
しかし、HNPsの分散挙動は温度や溶媒の種類に極めて敏感であり、その予測には未だ多くの困難が伴います。従来、分散性の指標としてハンセン溶解度パラメータ(HSP)(注2)が利用されてきましたが、HSP値が近いHNPsと溶媒の組み合わせであっても、一方では良好に分散し、他方では凝集が起こるといった例外的な挙動が報告されています。これは、表面修飾鎖に対する溶媒分子のサイズ(排除体積効果)や、ナノ界面における特異的な分子間相互作用が複雑に関与しているためであり、従来の親和性のみを考慮した枠組みでは限界がありました。
研究の内容
本研究では、HNPsと溶媒の混合系を物理的な「懸濁液」ではなく、「溶液」として捉えるアプローチを採用しました。ナノ粒子のサイズは溶媒分子に比べて数十倍から数百倍大きいものの、この比率は高分子溶液系における溶質と溶媒の関係に相当します。本研究グループは、ナノ粒子を「疑似的な分子」と定義し、化学工学熱力学の分野で広く用いられている固液相平衡(SLE)の理論や活量係数式(注3)を適用することにより、HNPsの分散・凝集の挙動を理論的に評価する体系を構築しました。本研究成果は、これまで経験則に頼っていたナノ材料のハンドリングを、化学工学熱力学の基盤に基づいたプロセス設計へと転換させるものです。
具体的な研究手法として、デカン酸により表面修飾されたセリアナノ粒子(C10CeO2)をモデル物質に選定し、様々な有機溶媒中における分散・凝集挙動を精密に評価しました。測定には、波長 632.8 nm のHe-Neレーザを用いた独自の透過光測定システムを構築しました。本システムは松田教授らの研究グループで独自に開発されたものであり、長年にわたり化学工学物性の一つである液液平衡の迅速かつ正確な測定に使用され、その高い信頼性が実証されてきたものです。本研究では、この高感度なシステムを用いることで、わずかな濁りも見逃さない精密な評価を実現しました。C10CeO2の分散・凝集挙動について、完全に分散した状態を「透明」、粒子が凝集した状態を「白濁」と定義し、温度変化に伴う透過光強度の変化をリアルタイムで追跡しました。これにより、HNPsの分散限界濃度(溶解度)を、高感度かつ迅速に決定する手法を確立しました。
得られた実験データに対し、化学工学熱力学の分野で蒸留・抽出・晶析などの分離精製プロセスの設計に広く利用されているMargules式、Wilson式、およびNRTL式といった活量係数式を適用しました。その結果、ナノ粒子を「疑似的な分子」として定義し、化学工学熱力学の理論体系である「固液相平衡」を適用することにより、これらの熱力学モデルがHNPsの複雑な分散限界(固液相平衡)を高い精度で再現できることを明らかにしました。これは、巨大なナノ粒子系においても、分子レベルの熱力学理論が現象の記述に有効であることを示す重要な知見です。
さらに、本研究ではプロセスの実用的な設計指針を構築するため、実験データから決定した活量係数式のパラメータと、溶媒固有の物性値であるハンセン溶解度パラメータ(HSP)との相関を試みました。その結果、モデルパラメータとHSPから算出される幾何学的距離(HSP距離)との間に直線関係を見出しました。この相関関係を利用することで、最小限の実験データから未知の溶媒に対する分散限界を算出する相平衡推算法を確立しました。本成果は、プロセスサイエンスが目指す「材料・プロセス設計原理の構築」を具現化するものであり、多様なナノ材料の社会実装に向けた論理的なプロセス設計を可能にします。
図1 デカン酸により表面修飾されたセリアナノ粒子(C10CeO2)。無機コアであるセリア(CeO2)の表面を、デカン酸(C10、有機修飾剤)で化学的に修飾したナノ粒子です。
図2 (a) 本研究で分散・凝集の測定に使用した装置の概略図。組成既知の実験試料をサンプルセル(1)に仕込み、波長 632.8 nm のHe-Neレーザをサンプルセルに照射します。
(b) 透過光強度の一例。完全に分散した状態を「透明」、粒子が凝集した状態を「白濁」と定義し、温度変化に伴う透過光強度の変化を追跡することにより分散・凝集挙動を測定します。
●:プロピオン酸ブチル、▲:エチルベンゼン(本研究)
○:デカン、△:オクタン、□:2-エチル-1-ヘキサノール(先行研究)
——:Margules式、------:Wilson式、—・—:NRTL式
図3 (a)プロピオン酸ブチルまたは(b)エチルベンゼン中のC10CeO2の分散・凝集挙動の測定結果および活量係数式による計算結果。
図4 種々の有機溶媒におけるHSP距離Ra2とMargules式のパラメータAとの相関関係。一部の有機溶媒で例外がありますが、モデルパラメータとHSP距離との間に直線関係を見出しました。
今後の展開
本研究では、HNPsを「疑似分子」と見なすことで、化学工学熱力学の手法であるSLE理論や活量係数モデルが、その分散・凝集挙動の表現に有効であることを実証しました。今後は、本研究で確立した相平衡推算法を基盤として、以下の展開を図ります。
対象ナノ粒子および溶媒系の拡充による推算精度の向上 本研究で対象としたC10CeO2以外のHNPsや、より多成分からなる複雑な混合溶媒系への適用を進めます。多様なHNPsにおける実験データを蓄積し、活量係数式のパラメータとHSPとの相関をさらに精緻化することで、より汎用性の高い分散性予測プラットフォームの構築を目指します。
プロセス-構造-物性相関データベースへの統合 文部科学省プロセスサイエンス(Materialize)プロジェクトの指針に基づき、本研究で得られた相平衡データおよび推算モデルを、プロジェクト内で構築が進められているプロセス-構造-物性・機能相関データベースへと統合します。 これにより、材料の物性値から最適な製造プロセスを逆引きできる設計環境の実現に貢献します。
謝辞
本研究は、文部科学省プロセスサイエンス構築事業(Materealize)「ナノ材料の界面・構造制御プロセスサイエンス」プロジェクト(JPMXP0219192801)からの支援を受けて実施しました。
用語解説
注1 有機-無機ハイブリッドナノ粒子(HNPs):無機ナノ粒子の表面を、特定の有機分子(有機修飾剤)で化学的に修飾した材料のことです。ナノ粒子は表面エネルギーが非常に高く、溶媒中で凝集しやすい性質を持っていますが、表面を有機修飾剤で覆うことにより溶媒との親和性を高め、分散安定性を向上させることができます。
注2 ハンセン溶解度パラメータ(HSP):1967年にCharles M. Hansenによって提案された、物質の溶解性の予測に用いられる値です。HSPは「分子間の相互作用が似ている2つの物質は、互いに溶解しやすい」との考えに基づいています。
注3 活量係数式:活量係数γは、実在溶液において理想溶液からのズレを補正するための係数です。この活量係数γを表現するモデルとして、Margules式、Wilson式、NRTL式、UNIQUAC式などの種々の活量係数式が提案されています。気液平衡・液液平衡・固液平衡などの混合物の相平衡データのモデリングに広く用いられており、蒸留・抽出・晶析などの分離精製プロセスの設計に活用されています。
論文情報
タイトル:Evaluation of dispersibility and aggregation for decanoic acid-modified ceria nanoparticle + organic solvent systems: Measurement and modeling with activity coefficient models
著者:松田弘幸*(日本大学理工学部)、楊乃樹(東北大学大学院工学研究科)、松田海希(日本大学理工学部)、山崎陸人(日本大学大学院理工学研究科)、大田昌樹(東北大学大学院工学研究科)、笘居高明(東北大学学際科学フロンティア研究所)、猪股宏(東北大学未来科学技術共同研究センター)
*責任著者:日本大学理工学部物質応用化学科 教授 松田弘幸
掲載誌:Fluid Phase Equilibria
掲載日:2026年5月17日
DOI: 10.1016/j.fluid.2026.114769
URL: https://doi.org/10.1016/j.fluid.2026.114769
問い合わせ先
【研究に関すること】
日本大学理工学部物質応用化学科
教授 松田弘幸(まつだひろゆき)
TEL: 03-3259-0814
E-mail: matsuda.hiroyuki@nihon-u.ac.jp
【報道に関すること】
日本大学理工学部庶務課
TEL: 03-3259-0514
E-mail: cst.sshomu@nihon-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/














