制作中の盛り上げ駒を前に、駒について語る駒師の大竹日出男さん=新潟県三条市
制作中の盛り上げ駒を前に、駒について語る駒師の大竹日出男さん=新潟県三条市

大竹日出男(2代目竹風)さんが作った最高級品の盛り上げ駒=三条市

 新潟市中央区の新潟グランドホテルで5日に指される棋王戦第3局(新潟日報社など主催)。連敗スタートとなった渡辺明棋王(38)が11連覇に向けて巻き返すのか、挑戦者の藤井聡太五冠(20)が最年少六冠を果たすのか。大一番で用いられる駒は、新潟県三条市在住の駒師、大竹日出男さん(79)=2代目竹風(ちくふう)=が手がけた「竹風駒」だ。

 大竹さんは2月下旬、三条市内の工房で将棋界の第一人者、羽生善治九段(52)がしたためた書体の駒の制作に取り組んでいた。「盛り上げ」という種類の駒で、文字が少し立体的で、膨らみがあるのが特徴だ。

 細い筆に漆を付け、文字を何度もなぞって、仕上げていく。大竹さんは、他の仕事もこなしながら、ここ2年ほど、羽生さんの駒の制作に打ち込む。

細い筆を使い、漆で文字を書いていく盛り上げ駒。大竹日出男さんの技が光る

 日本将棋連盟は将棋会館の建て替えに伴うクラウドファンディング(資金募集)で、羽生さんの書体の駒を返礼品の一つに用意した。必要な寄付額は350万円。連盟はこの大事な駒の制作を大竹さんに託しており、信頼のほどがうかがえる。

 羽生さんとの親交もある大竹さんは「羽生さんらしい字。独特さを生かしたい」とした上で、「普段使う書体と違って、文字の線と線の間が狭いところもある。線同士がくっつかないように、漆をちょっと硬めにするといった工夫をしている」と説明する。

大竹日出男(2代目竹風)さんが作った最高級品の盛り上げ駒=三条市

 数年前にも、日本将棋連盟の佐藤康光会長(53)が三条市の大竹さん宅を訪れ、自筆の駒の制作を依頼している。この時の駒は、すべて売れる人気だったという。

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 初代竹風の父・治五郎(はるごろう)さんの跡を継ぎ、21歳で駒作りの道に入り、60年近くとなる。現在は妻と弟と3人で「竹風駒」を手がける。

 駒には、彫刻刀で文字の形を掘り、漆を入れる簡素な「掘り」、彫った文字の部分が平らになるよう漆を埋める「掘り埋め」、そして掘り埋めの文字を漆でなぞって膨らみを出す「盛り上げ」と幾つもの種類がある。

 基本的には、掘りよりも掘り埋め、掘り埋めよりも盛り上げの方が価格が高い。盛り上げは1組数十万円はくだらない。タイトル戦の対局でも盛り上げが用いられる。

大竹日出男さんが手がけた盛り上げ駒

 大竹さんの盛り上げ駒について、自らも所有し、タイトル戦の舞台でも指したことがある羽生さんは8年前の新潟日報社の取材で、「癖がなくて見やすく、素直。バランスがよく、とても指しやすい」と評価している。

 指しやすさは、大竹さんも意識する。例えば駒の字の書体は昔から伝わるものが幾つもあるが、大竹さんはその書体をあまり崩さない。「棋士は盤を挟んで、ばちばちと火花を散らすでしょう。書体を誇張するといった個性の出し方もあるけれど、せめて盤上の駒はおとなしく静かな方がよいかと」。対局者のことを思いやる。

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 駒の材料となる「木地(きじ)」にもこだわる。最高のものを求め、東京・伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)から送ってもらうツゲで作る。

 新型コロナウイルスの流行前は毎年、島に通い、仕入れてきた。若い頃は、現地の案内人と山にも入り、「杢(もく)」という模様がよく出て、味わいも深い天然木を探した。

 「御蔵島には天然の木が残っている。植林と違って赤みがある、何ともいい色合いです」と大竹さん。いい模様の入った杢は特に愛好家に好まれる。

「杢(もく)」という模様が入った将棋の駒となる木地。東京・御蔵島で取れたツゲの木を使っている

 感染禍が落ち着き、「御蔵島の方から今年は来ますかと聞かれた」と言い、久しぶりに島を訪れようと考えている。「もうこの年だし、最後かもしれない。向こうから木を送ってくれる人も私より一つ下で、木を切るのは今年で最後かもしれないと言っているんでね」と話す。

 原材料を仕入れ、乾燥する時間も考えると、今年、ツゲの木を仕入れたとして、駒を作るのは4、5年先になる。その時は80歳を超えている。

 「若い頃のように集中力が続かない」「潮時というものもある。あんまり自分でだめにならないうちに、見た目でああ落ちたなと思う前に、引退するのが一番だと思う」と大竹さんは語る。

棋王戦第3局で使用される、大竹日出男さんの駒=3月4日、新潟グランドホテル

 跡継ぎはおらず、竹風駒はいつか作り手がいなくなる。寂しいけれども、大竹さんの話の端々からは、力のある限りは、駒作りに打ち込むという気概も感じる。

 そんな職人の思いのこもった駒を使い、渡辺棋王と藤井五冠は新潟決戦に臨む。

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