「佐渡島の金山」の推薦決定を祝う横断幕の下で喜ぶ佐渡市の観光関係者。曲折を経て、ようやくハードルの一つを越えた=29日、佐渡市の佐渡汽船両津港ターミナル
「佐渡島の金山」の推薦決定を祝う横断幕の下で喜ぶ佐渡市の観光関係者。曲折を経て、ようやくハードルの一つを越えた=29日、佐渡市の佐渡汽船両津港ターミナル

 世界文化遺産登録を目指す「佐渡島(さど)の金山」について、政府が国連教育科学文化機関(ユネスコ)への推薦を決めた。関係者が登録に向けた取り組みを始めて四半世紀。ようやくハードルの一つを越えたものの、韓国が歴史問題を理由に反発。登録までにはさらなる試練が待ち受ける。喜びと懸念が入り交じる地元の思いと、登録実現への課題を探った。

 岸田文雄首相が佐渡金山をユネスコに推薦すると表明してから一夜明けた29日も、新潟県佐渡市はお祝いムードに包まれた。

 佐渡汽船両津港ターミナルでは午後3時ごろ、トキ色の法被を着た観光関係者約20人が、国内推薦を祝う横断幕を掲げ、喜びを分かち合った。島内の旅館やホテルのおかみらでつくる「美佐渡(みさと)会」会長の深見聖子さん(59)は「一時は駄目かと思ったけど、決まって本当にうれしい」と声を弾ませた。

 2月1日に閣議了解される佐渡金山の国内推薦。「悲願」を目指した動きが始まったのは25年ほど前にさかのぼる。

 「郷土の遺産に誇りを持つことが大切」。佐渡市出身で鉱山史に詳しい元筑波大教授の故・田中圭一さんはそう考え、島内外の関係者に訴え始めた。

 折しも、佐渡観光に陰りが見え始めて多くの若者が島を去り、過疎と高齢化が進み始めた時期。田中さんと島内の有志は1997年、現在、佐渡市を拠点に活動する「佐渡を世界遺産にする会」の前身となる組織を立ち上げ、講演や金山の価値を実証する遺跡調査などを重ねて機運を高めていった。

 世界遺産の国内暫定リスト入りを経て、県と佐渡市が国内推薦の前提となる推薦書原案を文化庁へ初めて提出したのは、田中さんらが前身の組織をつくってから18年後の2015年だった。しかし、国の文化審議会から次々と注文がつく。

 「金山の価値の説明をより分かりやすく」「遺跡の保存計画を明確に」…。国内の他のライバルが次々と国内推薦される中、金山の「落選」は4回に及んだ。

 さらに、新型コロナウイルス禍で文化審自体が開かれないという異常事態にも見舞われた。21年に5回目の審査で原案が評価され、文化審は佐渡金山を国内推薦候補に選んだ。

 だが、文化庁は「文化審の選定は推薦の決定ではない」と異例の一文を付け、ユネスコへの推薦を保留。岸田首相がユネスコへの推薦を表明したのは、推薦書提出期限直前の28日夜だった。

 長年佐渡金山の推薦に向け、冬にイルミネーションを点灯させるなどして地域を盛り上げてきた「稲荷町めだかの会」の佐渡市小木地区の桃井良一さん(74)は「推薦をきっかけに地域の来島者が増え、活性化につながってくれるといい」と期待する。

 ただ、登録に向けた動きがスムーズに進んだとしても、宿泊施設や観光案内板の整備が進んでいるとはいいがたいのが実情だ。

 新型ウイルス禍で観光客のさらなる減少に直面する佐渡だが、23年以降、首都圏と佐渡空港をつなぐ便の就航を格安航空会社「トキエア」が目指している。受け入れ体制の整備とともに、もっぱら船だけに限られた交通アクセスが改善されれば、観光振興への追い風となる可能性がある。

 美佐渡会の深見さんも「推薦は一つの通過点だが、世界に佐渡を知ってもらう機会にもなる」と語り、さらなる佐渡の魅力を発信し続ける必要性を説いた。