
今はもう新潟にはいない。アルビレックス新潟の選手でもない。それでも、だからといって、応援しない理由にはならないだろう。精鋭が集まるU-23代表チームの中でも、必ず視線は背番号「14」を追ってしまうはずだ。
そのドリブルとテクニック、そしてスーパーゴールで、何度もビッグスワンを沸かせてくれた元アルビレックス新潟のMF三戸舜介が、日の丸を背負って大舞台のピッチに立つ時が迫っている。
昨冬にオランダ・スパルタに移籍したが、渡欧の直前に三戸はこう語っていた。「間違いなく新潟を選んで良かったと思うし、このクラブじゃなかったら今の自分はいない。本当に成長できたから」
新潟の地で成長した三戸の3年間を今、新潟日報の過去の取材から振り返る。フランスにいる三戸へ一層熱いエールを送るため、五輪へとつながった軌跡を見てみよう。
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2021年
三戸は現在21歳。2002年、ちょうど日韓ワールドカップの年に生まれた世代だ。山口県宇部市出身。早くから才能が認められ、中学校進学に合わせ、サッカーのエリート養成校「JFAアカデミー福島」に入校。着実に力を付け、各年代別の日本代表にも選ばれてきた。
三戸が新潟に加入したのは、J2に降格してから4季目を迎える2021年シーズン。ただ、その前年の秋から特別指定選手として登録され、練習にも参加していた。


163センチ、56キロ(当時)と、チームの中でもひときわ小柄な18歳のアタッカーは、10月の初めての練習参加から才能の一端をのぞかせた。ミニゲームで得点し、何よりも体格の大きな外国籍選手にも気後れせずに立ち向かっていく。その姿は、スペイン・バルセロナで長年若手の育成に携わった経験を持つ、当時のアルベル監督の目にも止まった。「ボールとともに勇気を持ち、大胆なプレーをする。高評価だ」
「憧れ」

チームには三戸にとって「憧れ」がいた。体格もポジションも、プレースタイルも自身と重なるMF本間至恩(現浦和・新潟市東区出身)だ。最初の高知キャンプから積極的にアドバイスを求めた。監督から守備の強度を要求されることに悩んでいると、本間からは「『俺もよく言われてたよ。頑張れ』みたいな」。良き相談相手でもあったが、同時に「越えなければいけない存在。常に目標は至恩君」とも話した。得点数などの目標は本間がその年次に残した数字を意識した。
また、経験豊富なMF高木善朗の存在も大きかった。「試合中は至恩君を見つつ、ポジショニングや受ける場所はヨシ君(高木)を見て勉強している」。新潟には十分なほど、参考になるお手本がそろっていた。
「波」
アルベル監督からの期待は大きく、ルーキーシーズンでも開幕戦からベンチに入り、途中出場した。第5節の東京V戦では、7-0の大勝の最後を飾る7点目を奪い、プロ初ゴール。敵陣でボールを受けると、スピードに乗ったドリブルで運び、ペナルティーエリア外から左足で強烈なミドルシュートを突き刺した。今にしてみれば三戸らしいゴールと思えるが、高卒新人の思いきりの良いプレーに多くのサポーターが衝撃を受けた。

ただ、プロ生活の始まりは必ずしも順風満帆だったわけではない。この頃の印象的な試合に4月の愛媛戦がある。三戸は1-0の後半に途中出場したが、2度のイエローカードを受けて退場してしまう。チームのため、激しい守備を試みた結果ではあるが、三戸は強く責任を感じた。そこを救ったのが、兄貴分の本間至恩だった。鮮やかな個人技で2点目を奪って勝利を決定付けた。そして試合後には、涙を流す三戸をDF千葉和彦らが「初退場おめでとう」と笑顔で胴上げして励ました。そんな“名場面”が生まれた試合だった。

この年、J1昇格を狙ったチームは...