橙々さんが描いた「アクアリウムは踊らない」の告知イラスト

 2024年2月、パソコン向けホラーゲーム「アクアリウムは踊らない」が公開されると、わずか2日で10万回ダウンロードを突破し、脚光を浴びた。不思議な水族館に迷い込んだ少女が、館内で姿を消した幼なじみを救おうと謎を解いていく無料ゲーム。魅力的なキャラクターや涙を誘うストーリーがSNSやYouTubeで話題を呼び、12月までにダウンロード総数は50万回に迫る勢いだ。Nintendo Switch版が発売されることも決まった。ゲームの作者は、新潟県在住の橙々(だいだい)さん。たった1人、8年をかけて作り上げた人気ゲームの制作エピソードやゲームの世界にも込められている新潟への思いを聞いた。

最初は5人で制作も…計画頓挫で“解散”

 始まりは2016年、大学生の頃だった。「ホラーゲームを作ろうと思う。キャラクターデザインをお願いできる?」。そんな知人の言葉に誘われ、「ゲームを作ったことはないけれど、絵だけなら」と二つ返事で引き受け、学生5人組でゲーム制作が始まった。それぞれが役割を分担し、イラストが得意な橙々さんはオリジナルのキャラクターを描き上げた。ほかのメンバーもシナリオを作ったりマップを描いたり、計画は順調に進んでいるかに見えた。

 しかし、1年ほどで計画は頓挫した。練り上げた構想をパソコンの専用ソフトを使い、ゲームとして動作するようシステムを組む作業で立ち止まってしまったからだ。活動が停滞すると、5人組が報告や相談でやりとりしていたLINEグループから一人、また一人とメンバーが去り、最後は橙々さんただ一人が取り残された。

インタビューに応じる橙々さん。すてきな上着は自身がデザインしたアパレル商品=新潟市中央区

 当時を振り返り、「旅行と同じ。やりたいことをあれこれ考えるのは楽しいけれど、宿泊手続きや交通の段取りは面倒。実際に制作したから分かるが、構想をゲームに実装するためにパソコンに向かう作業は地道で大変」と話し、「それに、他のメンバーに比べ、私だけ熱意が強かったのかもしれない」と苦笑いする。

描いたイラストは1000枚超、「好きなこと」に捧げた8年間

 計画が立ち消えとなり、取り残された橙々さん。「キャラクターはどんな人生を送るのかまで考えて描いているだけに、思い入れが強かった。キャラクターたちが捨てられた子犬のように思えて、見捨てたくなかった」と、シナリオから一人で作り上げ、キャラクターたちが輝ける舞台を作る決意を固めた。

2017年、一人でゲームを作る決意を固めた橙々さんがXに投稿したコメント。キャラクターへの愛情が強く、挫折しなかった

 とはいえ、ゲーム制作の知識はゼロだった。インターネットで「ゲーム 作り方」と検索することから始まり、ゲーム制作には支援ソフト「RPGツクール」を使った。知識や経験がある知人はおらず、ソフトの解説本も身近になかったため、黙々と作業しながら使い方を覚えていった。20秒のシーンを演出するのに2週間を費やし、何時間もかけてもうまく動作せず、努力が水の泡になったこともあった。バグを直そうとして、バグがさらに増えてしまうなど、試行錯誤の日々が続いた。

 大学を卒業すると就職したが、仕事や住む場所が変わっても、ゲーム制作の手は止めなかった。完成までに描き上げたイラストは1000枚を超え、支援ソフトの総使用時間は約4000時間に上った。キャラクターには特にこだわり、主要5人にはそれぞれイメージカラーとともに「セーラー服」や「軍服」などのアイコンを設定した。さらに人気投票を行い、キャラクターのバランスを調整するほどの力の入れようだった。一日中ゲーム作りに没頭することも多かったというが、「ブラック企業にいたときは、仕事終わりや休日のゲーム作りだけが癒やしだった。この8年間、がんばったつもりはなくて、好きなことを続けていただけ」と屈託のない笑顔を見せる。

制作時に使っていたノート。ストーリーには特に力を入れており、物語の流れを考える際は付箋にイベントを書き、並べ替えて検討した
ゲームのマップもすべて自分で考えた

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