退院する母子にあいさつをする石黒隆雄院長。診察の合間に、記念撮影と見送りを欠かさず行う=三条市
退院する母子にあいさつをする石黒隆雄院長。診察の合間に、記念撮影と見送りを欠かさず行う=三条市
毎朝の回診で病室を訪れた石黒隆雄院長。産後3日目の女性に「のんびり過ごしてください」と笑顔で声を掛けた=三条市

【2021/01/20】

 待合室の壁に貼られている一枚一枚の写真には、たくさんの笑顔があふれている。三条市の産婦人科医院「レディスクリニック石黒」は毎月2回、1歳を迎えた子どもと家族を招待し、誕生会を開いていた。その際に撮った写真だ。

 石黒隆雄院長(72)も撮影には欠かさず参加していた。「歩き始めたばかりの子どもたちがちょろちょろしているのは、本当にかわいいね」。家族の幸せな姿を見ると、自然と笑みがこぼれる。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、誕生会は2020年3月以降、取りやめている。「笑顔との再会」は、しばらくできそうにない。

 石黒院長が、父親からクリニックを継いで40年。これまで経験したことがない新型ウイルス禍で、社会は変化していると感じる。

 だが「良いお産の経験が良い育児につながる」という、その信念は揺るがない。

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 妊娠29週の女性の健診。おなかに機械をあてて行う超音波検査(エコー)で、胎児の体をじっくりと診察する。

 目をつぶっている赤ちゃんの顔が、モニター画面に立体的に映し出されると、石黒院長は「子どもはみんなかわいいねぇ」と目を細めた。

 産婦人科医の拘束時間は長い。休暇はなく、旅行にも行けない。

 石黒院長の一日は目まぐるしい。朝の回診に始まり、外来の診察、その間にお産が進んでいる人がいれば、分娩(ぶんべん)室で誕生に立ち会う。退院する母子の見送りも欠かさない。

 帝王切開の手術が入る日もある。深夜にお産がある場合は、隣接する自宅から寝間着の上に白衣を羽織り駆け付ける。「お産は待ってくれないから」。24時間態勢で備える。その生活リズムは、新型コロナウイルス禍の中でも変わらない。長男(40)が新潟大医歯学総合病院で産婦人科医をしており、同病院の支援も受けて乗り切っている。

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 先代の父が80年近く前に開いた医院を1980年に継いだ。過ごしやすい環境で、スタッフが優しく声掛けをするアットホームな産院を目指してきた。

 その一つが、妊娠中から母性を育み、前向きな気持ちで出産に臨むためのトレーニング「ソフロロジー式分娩法」の導入だ。

 初産は誰もが未知の体験であり、不安は大きい。そのときの恐怖や痛みの経験が強すぎると、育児がうまくいかなくなるケースもある。「良い気持ちで出産し、赤ちゃんを大事に育児をしてほしい」。幸せな様子をイメージするトレーニングや呼吸法を、妊婦に学んでもらっている。

 クリニックは2020年、718件もの出産に対応した。1日当たり2人ほど生まれる計算になる。それでも年間800件を超えていた14年までに比べれば減少傾向だという。

 望んでいても子どもに恵まれない人もいる。クリニックは、そのために体外受精や顕微授精といった不妊治療を20年以上前から行っている。看護師として石黒院長を支えてきた妻の喜久乃さん(67)が、今は受精卵の管理などを行う胚培養士を担う。

 当初は不妊治療をしていることを隠す人が多かったという。現在は不妊への理解が進み、治療のハードルは下がった一方、女性が結婚する年齢は上がった。

 喜久乃さんは「子どもを持つことはそれぞれの価値観。本人たちの選択を大事にしたい」とした上で、胸に抱く思いがある。「生命が生まれるのはすごいこと。希望する人の力になりたい」

◆県内の分娩対応施設
15年で4割減少

 県内で分娩に対応できる病院・診療所の数は、年々少なくなっている。県のまとめによると、2005年度には63施設あったが、20年度(4月1日現在)は37施設と4割ほど減少した。

 背景について、県健康対策課は「少子化が最も大きく、そこに医師不足や医師の高齢化などさまざまな要因が重なっている」と説明する。

 県などによると、少子化による分娩数の減少は、経営的にも影響が大きいため、医療機関が産科の継続を断念する一因にもなっている。

 また、より安全なお産が求められるようになったことから、複数の医師が在籍し、産婦人科の他に小児科やNICU(新生児集中治療室)など、分娩に関わる機能が集約された総合病院が、お産を担う傾向となっている。