【2021/01/17】
新しい命を迎える瞬間は尊い。だが、それは時に困難を伴う。ウイルス禍の中では、感染リスクを常に意識しなければならず、家族の思い描いた理想がかなわないこともある。医師やスタッフは、今できる最良の形を探り、安産と家族の健やかな幸せを願う。新潟県三条市のクリニックを舞台に、未知の明日へと新たな命が息づく現場を見つめた。
年の瀬を控えた三条市の産婦人科医院「レディスクリニック石黒」には、連日のように新たな産声が響いていた。
クリニックではひと月に、市内外の妊婦60人ほどが出産する。そのうち7割が立ち会い出産を希望するという。立ち会うことで妊婦の心は落ち着き、父親の育児への思いも高まる。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大は、そんな二人の大切な時間をも奪う。
12月中旬、初めての出産だった同市の菅原綾美さん(32)=仮名=は一人、前日夜から続いた陣痛に朝まで耐えた。夫に側にいてほしいという望みはかなわなかった。
だが、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、これまでに感じたことのない喜びがこみ上げてきた。電話の向こうの、聞き慣れた夫の声に安心した。「頑張ったね」
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朝方の「レディスクリニック石黒」の分娩(ぶんべん)室。菅原さんは夜中から陣痛に耐えていた。助産師に「もうすぐですよー」と声を掛けられ、ゆっくりと呼吸を繰り返した。小さな頭、そして全身と姿を見せた赤ちゃんは、生まれて最初の空気を吸い込むと、力強い産声を上げた。
12月半ば、予定日から10日遅れて、待ち望んだ長女を出産した。おなかの上に乗せられた赤ちゃんの顔を見て、「やっと会えたね」と思った。
喜びで胸がいっぱいになった。分娩台の上で、勤務先にいる夫と実家の母に電話を掛けた。2人からのねぎらいに、涙があふれた。
妊娠中は旅行などで夫妻の思い出をつくりたかったが、感染予防のため諦めた。一方で夫の会社の付き合いが減り、自宅で2人で過ごす時間が増えた。話題は産まれてくる子どものことが多くなった。
少しずついろいろな表情を見せる長女に、いとしさが募る。「どこにも出掛けられなくても、家族の時間はある。日々の中で思い出をつくりたい」。病室のベッド脇に置かれたベビー用ベッドで眠る長女を見つめた。
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クリニックでは新型コロナウイルスの感染拡大を受け、昨春に立ち会い出産と面会をやめた。だが、ひとりでの出産を不安がる声があり、短時間に限定し、県内在住の夫に限るなどして要望に応えた時期もあった。
しかし、クリニックの方針が頻繁に変わると、妊婦の心を乱してしまう恐れがあった。そのため、安全を最優先にして、8月末から再び立ち会いを中止した。
ただ、立ち会えなくても出産の時間を共有したいという家族の思いは強い。
燕市の皆川久美さん(24)は12月初旬の深夜、自宅で出産の兆候の5分間隔の陣痛を感じた。急いで入院の荷物を持ってクリニックを訪れたが、夫とは玄関で別れた。感染対策で妊婦本人以外は入れないからだ。夫は枕と布団を車に持ち込み、駐車場で赤ちゃんの誕生を待った。
皆川さんは分娩室で一人、痛みをこらえた。ぐっと息を殺したが、我慢できずに大きな声も出た。「自分で完結するしかなかった。夫が近くにいると思うと少し安心できた」。出産後、荷物を届けに来てくれた夫に病室の窓から手を振った。
皆川さんは沖縄県で生まれ育った。2019年秋、結婚を機に県内に移り住んだ。沖縄の両親は娘の初めての出産を手伝いたいと望んだが、感染拡大の中で断念するしかなかった。両親とは1年近く会えていない。育児休業中に赤ちゃんを連れて里帰りしたいが、全国で感染者が増え続けている状況を見ると、先は見えない。
代わりに電話やLINEでまめに連絡を取り合う。「早く顔が見たい」。両親からの何げない一言一言も、心のよりどころになっている。
◆新潟県の出生数9年連続減
ウイルス禍の影響に注目
厚生労働省の人口動態統計などによると、新潟県の2019年の出生数は1万3640人で、前年より869人減り、11年から9年連続で過去最少を更新した。女性1人が生涯に産む子どもの推定数を表す「合計特殊出生率」は1・38で18年を0・03ポイント下回った。
新潟県を含む全国の出生数は前年から5万3161人減って86万5239人。90万人割れは初で、少子化の傾向を顕著に示した。

出生数の減少について、県子ども家庭課は、未婚化や晩婚化を要因として挙げる。
新たな要素として、新型コロナウイルスの感染拡大が、出生数に影響するかどうかが注目される。
20年の妊娠届出数に関する厚労省のまとめ(10月まで)によると、新潟県は4月が前年同月比4・8%増、5月が同18・3%減、6月が同1・8%増、7月が同7%減、8月が同1・1%増、9月が同0・7%減、10月が同4・3%減だった。
同省母子保健課は「全国的に5月は落ち込んでいるが、全体の減り幅は例年並みで(20年が)極端に低い状況ではない」として、新型ウイルスとの関連性は明言しなかった。