アニメーション作品に命を吹き込むアニメーター。その「伝説」になっているのはスタジオジブリ作品「耳をすませば」監督の近藤喜文だけではない。もっと前の日本アニメ黎明期(れいめいき)に活躍を始めた新潟県出身の天才アニメーターがいる。
三度がさに股旅姿の男の子が北風に乗ってやってくる-。NHK「みんなのうた」で半世紀近く親しまれている「北風小僧の寒太郎」。歌の世界観を具現化したアニメを手がけたのは、新潟市北区出身のフリーアニメーター月岡貞夫(86)=静岡県在住=だ。
高校卒業後程なくして業界に飛び込んだ月岡は、群を抜く描画の速さとうまさで頭角を現した。その実力は、「漫画の神様」と称される手塚治虫が天才と認めるほど。月岡の原点は、旧葛塚町で生まれ育った幼少期にあった。
1939年生まれ、7人きょうだいの次男。実家は映画館「豊来館(ほうらいかん)」を営んでおり、小学生の頃から劇場の扉を開けば「フィクションの世界がいつもそばにあった」。
当時は本編前に、ニュース動画や短編アニメが上映されることが多く、タイミングを見計らって忍び込み、浴びるようにアニメを見た。国産アニメはまだほとんどなく、ディズニーの「白雪姫」や...
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