【本研究のポイント】
・mRNAがんワクチンや遺伝子治療を可能にするmRNAライブラリ注1)の構築、人工タンパク質医薬品や人工ゲノム作物の開発など、多様な社会的応用の基盤となる「ゲノムDNA合成法注2)」を確立。
・酵素を用いずに、銀ナノ粒子注3)で任意の長さ・配列のDNA接着末端注4)を自在に作製。
・一般的な制限酵素法と比べて2〜5倍以上の高いDNA連結効率を達成。
【研究概要】
21世紀の医療・農業・環境分野が直面する課題の解決には、生物の設計図である「長鎖DNA」を自在に合成できるかどうかが鍵を握ります。しかし、現在の長鎖DNA合成技術はDNA断片同士をつなぎ合わせる効率に限界があり、これが応用展開のボトルネックとなっていました。
名古屋大学大学院理学研究科の阿部 洋 教授(兼:糖鎖生命コア研究所統合生命医科学糖鎖研究センター分子生理・動態部門 教授)、同大学院工学研究科の稲垣 雅仁 助教らの研究グループは、岐阜大学大学院工学研究科の岡 夏央 教授(兼:糖鎖生命コア研究所糖鎖分子科学研究センター糖鎖分子科学部門 教授)との共同研究により、銀ナノ粒子を用いてDNAを狙った位置で切断する新しい技術を開発しました。従来の制限酵素法では「切断位置が酵素の認識配列に限られる」「接着末端が短い」という制約から連結効率に限界がありましたが、本技術はDNAを任意の位置で切断し、任意の長さ・配列の接着末端を作製できます。
実際に、従来の制限酵素法と比較して2〜5倍以上高い連結効率を達成し、機能性タンパク質をコードする遺伝子の合成と細胞内発現を実証しました。本技術により、抗体や治療用タンパク質などの生理活性タンパク質を自在に設計・合成できる基盤が整います。本成果は、mRNAを用いたがんワクチンや遺伝子治療を支える「mRNAライブラリ」の構築、人工タンパク質医薬の開発、人工ゲノム合成による食糧問題の解決など、人類社会が直面する諸課題への応用に道を拓くものです。
本研究成果は、2026年6月11日午前9時01分(日本時間)付オックスフォード大学出版局が発行する雑誌『Nucleic Acids Research』に掲載されました。
【研究背景と内容】
創薬・農業・エネルギー生産の根幹を支える「長鎖DNA合成」には、現行技術の越えられない壁が存在しました。現在広く用いられているのは、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)で増幅したDNAを「制限酵素」というタンパク質で切断し、生じた「接着末端」(DNA同士が結合する突き出した部分)を糊(のり)役のDNAリガーゼでつなぎ合わせる手法です。しかし制限酵素はあらかじめ決まった配列の位置でしか切断できず、また生じる接着末端は短いため、DNA断片を高効率に連結することは困難でした。
この壁を越えるには、DNAを任意の位置で切断できる新しい技術が不可欠です。これまでにも化学的にDNAを切断する方法は報告されていましたが、高温・強塩基性の条件が必要であったり、副反応が起きたり、適用できる配列に制限があったりと、実用化には課題が残されていました。
そこで研究グループは、1990年代に報告されていた「3´チオリン酸修飾DNA(DNAの末端の酸素原子を硫黄原子に置き換えた化合物)が銀イオンによって特定の位置で切断される反応」に着目しました。この反応を接着末端の作製に応用できないかと検証したところ、切断自体は短時間で進行したものの、銀イオンがDNAに非特異的に張り付いて沈殿を引き起こし、DNAの回収率は約14%にとどまり、実用化には適さないことが分かりました(図1A)。
そこで研究グループは発想を転換し、銀イオンの代わりに「銀ナノ粒子」を用いることを試みました。ナノ粒子であれば、反応後に遠心分離で容易に取り除くことができ、DNAの回収効率が大きく改善できると期待されます(図1B)。検討の結果、粒子サイズが小さいほどDNA切断活性が高くなることを明らかにしました。さらに、ナノ粒子の表面をポリエチレングリコールで覆うことで、粒子の安定性と水中での分散性が大幅に向上し、未修飾の銀ナノ粒子では必要だった高温条件(95℃)から、50℃で1〜2時間という温和な条件での反応が可能になりました(図1C)。
反応機構を詳しく解析したところ、興味深い性質も判明しました。切断後に生じるDNA断片のうち、不要な部分はナノ粒子の表面に吸着して取り除かれ、接着末端を持つ必要な部分だけが溶液中に残るという「自然な選別作用」が働いていたのです。この性質によりDNAの精製が容易になり、最終的なDNA回収率は98%以上という非常に高い値を達成しました。実用的なDNA加工技術として申し分のない性能と言えます。
図1. 開発した化学的DNA鎖切断法。(A)銀イオンによる切断ではDNAが沈殿し、回収率は約14%にとどまった。(B)銀ナノ粒子を用いる新手法の概念図。粒子は遠心分離で容易に除去でき、不要なDNA断片はナノ粒子表面に吸着、目的の接着末端を持つDNAは溶液中に残る。(C)反応条件の最適化により、温和な条件(50℃、1〜2時間)で完全な切断と高い回収率(約98%)を達成。
次に、開発した技術が実際の長鎖DNA合成に通用するかを検証しました。3´チオリン酸結合を末端に持つDNAプライマーを設計してPCRに用いたところ、一般的に使われている複数のDNAポリメラーゼで問題なくDNAが増幅できることを確認しました。約558塩基および298塩基のDNAを増幅して銀ナノ粒子で処理することで、従来の制限酵素では作製が難しい「8塩基の長い接着末端」を持つDNA断片の調製に成功し、T4 DNAリガーゼで連結したところ、従来の制限酵素法と比べて約2倍高い連結効率が得られました。
さらに本技術の真価を試すため、機能を持つタンパク質をコードする遺伝子の合成に挑みました。モデルとして発現確認が容易な緑色蛍光タンパク質(GFP)を選び、約830塩基対のプロモーター配列と約1,260塩基対のGFP遺伝子をそれぞれ増幅し、銀ナノ粒子処理によって10塩基あるいは18塩基という長い接着末端を作製。これらを連結したところ、従来法と比べて5倍以上高い連結効率を達成しました。これは、従来の4塩基の接着末端では数%にとどまっていた連結効率が、本手法による長い接着末端の設計によって飛躍的に向上することを意味します。
最後に、合成したGFP遺伝子をヒト細胞(HeLa細胞)に導入したところ、実際に細胞内で緑色蛍光タンパク質が発現することを確認しました。これにより、銀ナノ粒子を用いたDNA切断技術が機能性タンパク質遺伝子の合成にも応用可能であることが実証されました。同様に、抗体や治療用酵素などの生理活性タンパク質をコードする長鎖DNAの合成にも展開できます。
図2. 機能性タンパク質遺伝子の構築と細胞内発現
【成果の意義】
本研究で開発した新技術は、長鎖DNAの合成における連結効率のボトルネックを打開する基盤技術であり、以下のような幅広い社会課題への応用展開が期待されます。
(1)医薬・医療への展開:mRNAを用いたがんワクチンや遺伝子治療の基盤となる「mRNAライブラリ」の構築(多様な鋳型DNAの大量調製)、新規医薬品となる人工タンパク質の設計・創出など、創薬・治療法開発を加速します。
(2)食糧問題の解決:干ばつや塩害に強い品種、栄養価の高い品種など、人工ゲノム合成を用いた作物の高度化を支え、気候変動下における食糧の安定供給に貢献します。
(3)環境・エネルギー分野:バイオ燃料の生産菌や有用物質生産微生物の効率的な開発を可能にし、持続可能な物質生産系の構築を後押しします。
これらの応用はいずれも、長鎖DNAを高効率で合成できる基盤技術なくしては実現困難です。本研究は、その鍵となる「DNA加工技術」を一段階前進させたものであり、合成生物学・生命科学・医療・農業・環境工学といった幅広い分野への波及が期待されます。さらに本技術は、銀ナノ粒子の新たな応用可能性を示した点で、ナノ材料化学にも新たな視座を与えるものです。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR23N1)、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(S)(課題番号:JP25H00427)、国際先導研究(課題番号:JP22K21346)、日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号:JP22gm0010008、JP25ak0101289)ならびに一般社団法人 田中貴金属記念財団 2021年「貴金属に関わる研究助成金」の支援のもとで行われたものです。
【用語説明】
注1)mRNAライブラリ:
多様な配列のmRNAを集めたもの。それぞれのmRNAは対応する鋳型DNAから転写されるため、多様な長鎖鋳型DNAを高効率に作製できる本研究の技術は、mRNAライブラリ構築の鍵となる。mRNAを用いたがんワクチン(多様な抗原をコード)や遺伝子治療(多様な治療用タンパク質をコード)など、mRNA医薬の開発を加速する。
注2)ゲノムDNA合成法:
生物の設計図であるゲノムDNAを、化学的または酵素的に断片から組み立てて構築する技術。mRNA医薬や遺伝子治療の鋳型DNA、ワクチン候補のスクリーニング、人工タンパク質医薬の創出、有用作物・微生物の開発など、医療・農業・環境分野の幅広い応用を支える基盤技術である。
注3)銀ナノ粒子:
粒径が1–100ナノメートル程度の銀の微細粒子。抗菌剤や消臭剤として広く利用されている。
注4)接着末端:
二本鎖DNAの片側の鎖が短く突出した一本鎖の末端構造。突出した塩基配列が別のDNAと相補的に結合することで、DNA断片同士をつなぐことができる。
【論文情報】
雑誌名: Nucleic Acids Research
論文タイトル: Silver Nanoparticle Induced Site-Specific Strand Cleavage of Chemically Modified Oligonucleotides for Long-Chain DNA Assembly
著者: 稲垣雅仁(名古屋大学), 加瀬光希弥(名古屋大学), 平岡陽花(名古屋大学), 岡 夏央(岐阜大学), 橋谷文貴(名古屋大学), 阿部奈保子(名古屋大学), 木村康明(名古屋大学), 阿部 洋(名古屋大学)* (*は責任著者)
DOI: 10.1093/nar/gkag525
URL:https://academic.oup.com/nar/article/54/11/gkag525/8704963
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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/










