海女漁に出る日を待ち望む門木奈津希さん。子ども時代を過ごした舳倉島での漁も、再開のめどは立たない=1月21日、石川県輪島市の輪島港
海女漁に出る日を待ち望む門木奈津希さん。子ども時代を過ごした舳倉島での漁も、再開のめどは立たない=1月21日、石川県輪島市の輪島港

 2024年1月の能登半島地震では、海の幸も大きな打撃を受けました。長期企画「碧のシグナル」の第3シリーズ「『海の森』紡ぐ縁」は、能登の海の豊かさを象徴する海藻を通し、被災地の現状、新潟県から応援する人らを追います。(6回続きの2)

 素潜りで貝や海藻を採る海女漁。石川県輪島市は全国でも有数の盛んな地で、150人ほどの海女がいる。沿岸部や、北の沖合20キロ余りにある七ツ島、約50キロ沖に浮かぶ舳倉(へぐら)島を漁場としている。最盛期はモズク漁にサザエ、アワビ漁が重なる7〜9月で、ほとんど総出となる。

 ただ、2024年1月の能登半島地震の後に潜れたのは、7月のモズク漁だけ。それも採る量をいつもの年の半分にしての試験的な再開だったが、ほとんど採れず、3日で打ち切りとなった。

 「輪島の海女漁保存振興会」会長の門木(かどき)奈津希さん(44)は「梅雨前の下見の時にはあんなにあったのに、どこ行ってんろって、みんな不思議そうにしとった」と振り返る。

 試験漁の時、海女たちからは「海底から巻き上がる泥の量が例年よりも多い」という話が出ていた。後日改めて潜ると、泥をかぶって枯れたモズクが見つかった。梅雨の時季に、地震で崩れた山などから泥が流れ込んだと考えられる。「泥の質感が違う。おにぎりみたいにできるほど。地震もあったせいやと思う」と門木さんは語る。

泥をかぶって枯れたモズク=2024年7月、石川県輪島市の沿岸部(輪島の海女漁保存振興会提供)

 そこを2024年9月の集中豪雨が襲った。直後に調査した海は、「言ったらもうカフェオレの色。...

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