【2022/05/01】

 9兆7757億円。新潟県の県勢を映し出す県内総生産(名目)のピーク金額だ。記録したのはもう四半世紀前の1998(平成10)年度。今に至るまで当時に及ばない年が続く。

 昭和時代はデータの残る55(昭和30)年度から右肩上がりで、平山征夫が知事に就いた翌年の93(平成5)年には9兆円を突破。10兆円が目前に迫っていた。

 だが-。2000年代に入ると総生産は落ちていく。泉田裕彦が知事だった08(平成20)年度には8兆円台に転落。9兆円台を回復するまで7年を要した。直近の統計となる19年度も9兆1851億円と伸びていない。

 平成以降の約30年間を長い目で見れば、「失速」が浮き彫りになる。1989(平成元)年度と2018(同30)年度を比べると、新潟県の総生産の伸び率は27%。近隣の8県で最低水準に沈む=グラフ参照=。

 政治の歩みと無関係ではない。総生産の足踏みは産業振興策が振るわなかった証左でもある。県産業政策課長の柄沢宏之は「ばらまきのような政策で産業集積が遅れ、企業誘致でも他県に負けていた」と認める。

 一方、過去30年で総生産を順調に増やした県もある。宮城県は1・5倍に急成長した。宮城県は以前は新潟県並みの総生産を目指していたが、その立場は2010年代に逆転、差が広がりつつある。(敬称略)