次男の楽を抱きかかえ、刈り取った稲を稲架に掛ける諸岡江美子。夫の龍也、長男の遊の家族4人で作業した=妙高市(撮影・林昌三)
次男の楽を抱きかかえ、刈り取った稲を稲架に掛ける諸岡江美子。夫の龍也、長男の遊の家族4人で作業した=妙高市(撮影・林昌三)

 妙高市の山奥で、どっしりと構える築約150年の古民家。諸岡江美子(37)に長男の遊(5)が駆け寄り、Tシャツを握りしめる。右腕に次男の楽(1)を抱えたまま、遊に差し出されたお菓子をほおばり「おいしいね」とほほ笑んだ。

 ▽虫の鳴き声

 千葉県船橋市で生まれ、短大卒業後、東京都内の保育園で働いた。園で「問題行動」を起こすと思われていた子どもが公園で生き生きと遊ぶ姿を見て、自然の中で保育をしたいと考えるようになった。

 退職し、野外教育を学べる妙高市のアウトドアの専門学校に入学。新潟の風土に引かれ、卒業後は保育の現場に戻らず、津南町で地域おこし協力隊に加わり、空き家で1人暮らしを始めた。近所の人に教わって野菜を育て、春は山菜を採った。雪に覆われる冬には稲わらでブーツを編んだ。

 千葉に帰省した時、最寄り駅に降り立つと、雑踏の中で「リリリ」と虫の鳴き声が聞こえた。それまでは意識したことがなく、新潟で暮らすうちに閉じていた感覚が動き始めたのだと思った。

 津南町の自宅で「感覚にすなおになる」ことをテーマとした民泊を始め、宿泊者には手作りの「たがやすノート」を渡した。その中で虫の鳴き声を聞いた体験をイラスト付きで紹介した。滞在中の出会いや自然との関わりで得た、自分だけの感覚をノートに書き、日常に戻ってからも振り返ってほしいと思った。

諸岡江美子がかつて民泊の宿泊者に渡していた「たがやすノート」。虫の鳴き声に気づいたときのことを自らイラストで描いた

 ▽つまずき

 専門学校で出会い、妙高市で協力隊として活動していた龍也(44)と2017年に結婚。同居せず、車で約1時間半の津南町の家にそのまま住み、民泊を続けた。20年に遊が生まれた後も同じ生活をしたが、思うようにいかなかった。

 遊を...

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