
「昭和の川柳百人一句展」のPRのため新潟日報メディアシップを訪れた大野風柳さん=2016年、新潟市中央区
まさに川柳一筋の人生だった。人間の喜怒哀楽や暮らしを詠む川柳を心から愛していた。膨大な句を残し、多くの川柳人を育てた。新潟県の川柳文化の発展に大きく貢献し、国内の川柳界にも大きな足跡を残した。
6日に97歳で亡くなった大野風柳さんは1948年、県内各地の愛好家約20人に呼び掛け、現在の新潟市秋葉区に柳都川柳会(柳都川柳社の前身)を設立した。弱冠20歳だった。翌49年1月には月刊誌「柳都」を発刊。“川柳不毛の地”と呼ばれた新潟県に川柳を普及させ、仲間を増やしたいという思いからだった。
「柳都」では75年以上、生涯主幹を務めた。ピークの平成前期には部数も1500部超に。柳都川柳社の同人・会員数は計約1200人を数え、県内外に多くの支部があった。「柳都」は2025年1月号で終刊となり、柳都川柳社も解散した。発行号数は通算913号に上った。...
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