報道陣の質問に答えるポーランドのワレサ元大統領=5月、大阪市北区
報道陣の質問に答えるポーランドのワレサ元大統領=5月、大阪市北区
大阪・関西万博の関連イベントでスピーチする、ポーランドのワレサ元大統領=5月、大阪市北区
1981年5月、長崎市の平和祈念像の前で平和アピールを発表するポーランド自主管理労組「連帯」のワレサ委員長(左、当時)
頭を抱えるワレサ大統領(当時)=1992年6月
大阪・関西万博のポーランドパビリオンを訪れたワレサ元大統領=5月、大阪市此花区
群衆に担がれるワレサ氏=1980年(ゲッティ=共同)
ノーベル賞は妻のダヌータさんと息子が代わりに受け取った=オスロ、1983年12月(シグマ提供・ゲッティ=共同)

 冷戦下、旧ソ連圏に組み込まれたポーランドで自由を求めて労働運動を繰り広げ、1990年から95年に大統領だったワレサ氏が今年5月、大阪・関西万博を機に日本を訪れた。

 労働者から大統領へ。反共の英雄。そう聞くと、旧ソ連と対決するこわもてのイメージを持つが、自伝や伝記映画ではワレサ氏のちゃめっ気ある言動がしばしば見られる。今回の日本での取材でも、それは随所に見られた。

 大阪市で取材に応じたのは午前9時半ごろ。小さな会議室にワレサ氏と記者5~6人と通訳が集った。緊張感が漂う中、ワレサ氏は開口一番、冗談めかして言った。「難しい質問をしてね。眠くなってしまうから」。室内の空気が一気に和らいだ。

 ワレサ氏...

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