国の登録有形文化財でもある村松高の正門。この門に見守られ、近藤喜文は登校していた=2025年12月、五泉市

 スタジオジブリの宮崎駿、高畑勲という巨匠たちが絶大なる信頼を寄せた近藤喜文。一流アニメーターを育んだのは、豊かな清流がこんこんと湧き出る五泉市郷屋川の土地だった。

 父は教員、母は自宅で餅やまんじゅうを作り、家計を支えていた。母は大凧合戦で知られる白根(新潟市南区)の出身。「絵を描く母方の親類に似て、絵がうまい」。近藤は幼い頃から評判だった。

 学校から帰ると2階の自分の部屋に直行し、机に向かって手を動かした。夕飯の時間になっても、呼ぶまで来ない。「風呂に入れ」と言っても、入らない。ひたすら絵を描いていた。「引きこもりじゃなくて、閉じこもり。絵を描くのは苦にならない様子だった」。喜文の弟、近藤重喜(71)=千葉県=は笑う。

近藤喜文から、漫画の練習用にと渡されたノートを見つめる弟の近藤重喜=2025年11月、千葉県

 伝統校、村松高に進むと、美術部で活動した。休み時間には黒板に白根の大凧合戦の絵などを描き、友人たちを驚かせた。

 いとこで小中高と同級生だった小笠原よし子(75)=神奈川県=は「喜文ちゃんは頭も良かった。おじちゃんからは...

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