県内に津波が到達した2024年元日の能登半島地震で、上越市や新潟市の沿岸部や河口部で人々がおおむね迅速に避難を始めていたことが分かった。新潟日報社が専門家と、スマートフォンアプリの匿名化された位置情報を基に分析した。ただ、動き出すのに時間を要したケースや交通渋滞も各所でみられ、専門家は「避難の手段や行き先を把握しておいてほしい」と呼びかけている。

 日本海側は陸地から震源が近く、太平洋側に比べて津波の到達が早い特徴がある。沿岸部や河口部のある上越市と新潟市北区、中央区、東区を中心に、ソフトバンクグループの情報サービス会社Agoop(アグープ、東京)の人流分析ツール「コンプレノ」を使って調べた。

 コンプレノは利用者の同意を得たスマートフォンアプリの位置情報を匿名化して活用し、人の流れを可視化する仕組みで、今回は指定したエリアに10分以上滞在した人を対象とした。

 能登半島地震が発生したのは午後4時10分。2分後に津波警報が発表された。各地域で地震発生から約10分後、高台や小中学校などの避難場所へ向かう動きが活発化。上越市など津波の到達が20分や30分未満と想定されるエリアでは、30〜40分後に人の流れが落ち着き、移動先でとどまる状況が確認できた。40分ほどで津波が到達する地域は、おおよそ時間内に避難行動を終えていた。

人流データ画像・動画の見方 三角印は鋭角方向に移動、丸印は停止している状態を示す。色の違いは速度を表し、黄色や薄い緑は時速20〜60キロ、オレンジが10〜20キロ、赤は3〜10キロ、紫は0〜3キロ。避難行動を取らず、移動がない人の動きは分からない。 着色されたエリアは浸水想定区域で、色が濃いほど浸水が深いことを示す。避難場所の目印は実際とは合致しない例がある。画像と動画はいずれもコンプレノを使って作製した。(出典・ハザードマップポータルサイト、地図はオープンストリートマップ)

 一方で、地震から30〜40分後に避難場所へ移動する動きもみられた。また移動には自動車が多く使われ、各地で渋滞が発生。新潟市中央区の信濃川河口付近など津波の到達が早いと想定されるエリアでも車が滞留した。

【新潟市東区 地震発生直後の人流動画】

 新潟大学災害・復興科学研究所長の卜部うらべ厚志教授は「津波の到達が早いと分かっている地域では、人々が向かうべき所へ迅速に移動しており、意識の高さがうかがえた」と指摘。「動き出すのは早ければ早いほどいいが、車を使うかどうかは津波の到達時間など地域特性に応じて考える段階に来ている」と話している。

 県は能登半島地震を踏まえて24年6月、有識者による検討会を発足させて避難の在り方などを検証した。現在、市町村が津波避難計画を策定する際の指針の見直しを進めている。

上越市、新潟市の沿岸部は?動画で実際の避難行動を振り返る

 能登半島地震では県内に津波が到達し、上越市では住宅の浸水被害が出た。あの日、あの時、住民はどう動いたのか。命を守る行動は取れていたか。避難の実態や課題を検証するため、卜部厚志教授とともに、地震発生から一定時間の人流データを分析した。現地取材と合わせると、災害時の避難に対する人々の意識の高さがうかがえた。同時に、避難開始までの時間や車の混雑といった問題点も浮かび上がった。上越市と新潟市を中心にデータを読み解く。 

この下に上越市、糸魚川市、新潟市北区松浜地区、新潟市中央区、佐渡市両津地区、村上市の人流データを分析した動画があります。

上越市関川河口周辺 即座に判断、移動迅速…一方で逃げ遅れも

 上越市では地震発生25分後の午後4時35分ごろ、関川に津波が到達し、遡上(そじょう)した。市によると床上床下合わせて15棟で浸水被害が出た。脅威に直面した沿岸地域では、住民の避難行動が迅速だった。

 「揺れが収まったらすぐに家を飛び出し、数分後には高台にいた」。当時、...

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