
被災の爪痕が残る自社ビル前に立つ米沢多恵さん(左)と父の祐一さん。津波は地上約15メートルの屋上の煙突部分まで到達した。「多恵には教訓だけじゃなく、ここがすごくいい町だったことも伝えてほしい」=2025年12月、岩手県陸前高田市
震災の1カ月前に生まれた岩手県陸前高田市の米沢多恵さん(15)は、物心ついた頃から語り部の父に津波の恐ろしさを教わって育った。「私も語り部をやってみたい」。小学5年で抱いた目標に向かい、今も父の背中を追い続けている。
津波が到達した市中心部の沿岸部。「あそこにスーパーがあって、家の冷蔵庫みたいなもんだった」と父祐一さんが指さす先に建物はなく、まっさらな土地が広がる。多恵さんに町の記憶はない。「現実味はないけど、ここにいろんな人が住んでいたんだなぁ」
かつて目抜き通りに、祐一さんが家族と経営する包装資材の販売店があった。15年前、祐一さんは3階建てのビル屋上の煙突に上り、足元まで迫った津波から...
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