佐藤すえ子さん(奥)の実家で長女未空さん、長男択海さんの仏壇に手を合わせる夫の英夫さん、次男生望さん=2月、宮城県石巻市
 佐藤すえ子さん(奥)の実家で長女未空さん、長男択海さんの仏壇に手を合わせる夫の英夫さん、次男生望さん=2月、宮城県石巻市
 佐藤すえ子さん(右)の実家で、長女未空さんと長男択海さんの遺品を手にする夫の英夫さん=2月、宮城県石巻市
 佐藤すえ子さん(右)の実家で、長女未空さんと長男択海さんの写真を見つめる夫の英夫さん、次男生望さん=2月、宮城県石巻市
 佐藤すえ子さん(右)の実家で、長女未空さんと長男択海さんの写真を見つめる夫の英夫さん、次男生望さん=2月、宮城県石巻市
 佐藤すえ子さんの実家に置かれた学習机。長女未空さんと長男択海さんの写真や遺品が並ぶ=2月、宮城県石巻市

 宮城県石巻市の旧大川小近くで暮らしていた佐藤すえ子さん(52)と夫の英夫さん(55)は、東日本大震災の津波で学校にいた長男と長女を亡くした。「自分たちだけ残されてしまった悲しみ」に小さな光をともしたのは、4年後に生まれた次男生望さん(10)。つらい気持ちは消えないが、笑顔になれる時間も少しずつ増えた。

 6年生だった長女未空さん=当時(12)=は読書や運動が好きな面倒見の良い姉。3年生の長男択海さん=同(9)=はいつも家族を気にかける優しい弟だった。

 震災翌日、英夫さんは胴長靴をはいて泥をかき分け、やっと小学校にたどり着いた。茶色しかない景色。顔にハンカチをかけられた子どもたちの遺体。未空さん...

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