
舞踊やお茶などの舞妓文化にふれあうイベントに参加した桐貴さん=2016年3月、京都市の「みやこめっせ」
2016年7月、桐貴清羽さんは舞妓をやめた。日本舞踊や三味線、茶道の稽古が大好きで、芸を磨いて将来は一人前の芸妓になることを夢見ていた。しかし、あまりに異常な世界だと感じたためだ。中学卒業直前に舞妓になるための「仕込み」を始めて1年超。京都の「花街文化の担い手」とも言われる舞妓だが、実態は「奴隷制度だった」と振り返る。3月8日は女性の権利向上を掲げ、国連が提唱する「国際女性デー」。未成年で直面した、花街の現実とは。(共同通信=三野多香子)
※下記の内容は、桐貴さんの証言に基づいています。
▽きっかけは日本舞踊 「舞妓にならないか」
桐貴さんが子どもの頃にあこがれたのはファッション誌のモデル。...
残り3336文字(全文:3636文字)














