日本史と世界史の年表を並べると時々、小さな発見がある。江戸幕府を開いた徳川家康は1616年4月、数え年75歳でこの世を去った。同じ年の同じ月、イギリスでは劇作家、シェークスピアが52歳の誕生日前後に亡くなっている
▼先ごろ死去した英文学者、小田島雄志さんはシェークスピアの全37戯曲を新たな解釈で翻訳した。「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。」。「ハムレット」の主人公、デンマーク王子の独白の冒頭は、その一例である
▼これは従来「生きるべきか、死ぬべきか」「生か、死か」のように訳されることが多かった。しかし、小田島さんはもっと広がりを持った言葉ではないかと考えた。シェークスピアは1行目をあいまいに始めておいて、2行目から具体的に説明することがよくあったからである
▼「どちらが立派な生き方か、このまま心のうちに/暴虐な運命の矢弾(やだま)をじっと耐えしのぶことか、/それとも寄せくる怒濤(どとう)の苦難に敢然と立ちむかい、/闘ってそれに終止符をうつことか。」。独白の続きを鉛筆で書き写しているうちに、生きる覚悟を問われているような気持ちになった。新解釈であると同時に名訳だろう
▼たとえ時代が移っても、身分が違っても人生に向き合う心構えはそれほど変わらないのではないか。そんな気もしてくる
▼「人の一生は重荷を負うて遠き路を行くが如し、急ぐべからず」。そういえば、家康の遺訓は今もなお、あちらこちらで、よく目にするし耳にもする。
