沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」だった一昨日、糸満市摩文仁(まぶに)の式典会場の映像を、ニュースで何度も目にした。いつかは現地を訪ねたいと、あらためて思う

▼画面の向こうでは、100基を超える刻銘碑に木漏れ日が差していた。新潟県人を含め、沖縄戦などで亡くなった24万2659人の名前が刻まれている。統計数字だけでは伝わらないメッセージが迫ってくる

▼イスラエルにはホロコースト犠牲者を慰霊する「名前と記憶」という名の記念館がある。ここでは未来を奪われた150万人もの子どもの名前が、一人ずつ読み上げられているという。唯一無二の命に対する敬意の表し方なのだろう

▼沖縄の式典では中学2年の亀谷琉奈(るな)さんが、沖縄戦を生き抜いた曽祖母に寄せた詩を朗読した。曽祖母は血まみれの道を必死に走って逃げ、死への恐れから、石で自分の足を血だらけになるまでひっかいたという

▼亀谷さんはその傷を「生きたいと願った証」と表現した。曽祖母という一人の生身の人間を通して、81年前の戦争をわがことにしようとしたのだろう。長い詩は全文をそらんじていた

▼政治の場では今、防衛力の強化へ勇ましく旗が振られているが、乾いた正論に寄りすぎてはいないか。「力には力」で対抗することで高まるリスクがある。その最前線に身を置くのは、恐らく防衛力強化を論じている人々ではない。摩文仁の刻銘碑に彫られた名前に、自分や最愛の人の名を重ねてみる。過去に学ぶとは、そういうことだろう。