とんち小僧の「一休さん」がごろりと寝転んで「慌てない、慌てない。一休み、一休み」。テレビアニメのこんなシーンを覚えている方もいるだろう。主人公のモデルは室町時代の禅僧、一休宗純(そうじゅん)だ
▼その名には〈煩悩と悟りのはざまで一休みするように、何かを求める心を捨ててこそ真実の世界が見える〉という教えが込められているとの説がある。「休」という字には「やすむ」のほか「やめる」という意味もある
▼「一休みしよう」という呼びかけか。人工知能(AI)開発競争で先頭集団を走る米アンソロピックが「開発を遅らせたり、一時停止したりする選択肢を持つことが世界にとって有益だ」との提言をまとめた
▼AIが人間の手を借りずに自ら性能を高める段階に近づいており、暴走して制御不能になるのを防ぐためという。AIの性能が向上するスピードは空恐ろしいほどだ。このままではSFのように暴走し、人間を支配する事態も起こり得るのではないか
▼もちろん、一企業だけが一休みしたところで意味はない。アンソロピックは、先端AI規制の国際的な枠組みが整い、競合他社も同調すれば開発の減速や停止に踏み込む用意があるとしている
▼巨利を生み出し、世界の覇権争いにも関わる分野だ。国際的な枠組みづくりは容易ではない。とはいえ、こうしている間にもAIは人間の手から離れ、自ら成長しようとしている。一休みしてこそ得られるものがある-。そんな理知を、人間は手にすることができるのか。
