【2021/09/30】
パンや飲み物、CDや小説…。さまざまな物を万引した。新潟市の大島孝史さん(41)=仮名=は窃盗症に苦しんできた。盗みをやめられない依存症で、クレプトマニアとも呼ばれる。
9回逮捕され、服役も1回経験した。この店は物を盗ませるために営業している-。そんな思考だった頃を振り返ると、自分は病気なのだと感じる。
関東に住んでいた小学生の頃、父の働く商店で玩具付き菓子を盗んだ。どきどきしながら手に取り、「ただでゲットできた喜び」は大きかった。次第に文房具店やスーパーでも万引するようになった。
父は厳格で、返事の声が小さいと殴られた。母も暴力を受け、身を守ろうと包丁を持ち出した時に、自分が止めたこともある。暗い心を埋める「うきうきすること」が万引だった。
アルバイトに打ち込むなど、盗みをしない時期もあった。だが正社員として働く会社でパワハラを受け、退職してから人生は暗転。体がうまく動かせなくなる病気や、うつ病にもなった。その後、ドラッグストアで洗剤やシャンプーなどの盗みを再び繰り返した。
病気による身体的特徴で目に付くはずなのに、万引は止まらない。「体にやらされている感じ」だった。何度目かの逮捕で拘置所にいる時、母が急死。「何もできない自分は無力だ」と絶望しても再犯は防げず、33歳で服役した。
子どもの頃、さみしさを紛らわせてくれた「盗んでやったぞ」という高揚感。心に残っていた感情を、その後も求めてきたのだと思う。行き着いた先は刑務所だった。
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窃盗症は近年、マラソン元日本代表の原裕美子さんが診断を受けるなど、少しずつ知られる存在になってきた。司法の場で取り上げられることもある。
新潟大法学部准教授の櫻井香子弁護士は、これまで5人ほどの患者の弁護を担当した。まるで見つけてほしいかのように大量に盗むほか、普通の生活を送り、社会的地位が高い人もいた。原さんと同様、摂食障害で食べ物を盗む例もあった。
櫻井弁護士は「心の面から根本的な原因を究明しないと解決はできない」と、医療につなぐ必要性を強調する。ただ県内に受け皿は乏しく、担当した全員が県外で受診したという。
新潟市江南区で患者を受け入れる「かとう心療内科クリニック」では、受診する人が増加傾向だ。女性の方が多く、高齢者の割合が比較的高い。子が巣立った後に夫婦関係がうまくいかなかったり、仕事を辞めてから張り合いを感じられなかったり…。そんな人が孤独感やストレスにうまく対処できず、窃盗症に陥るケースがあるという。
治療では、他の依存症患者と思いや経験を語り合うミーティングがある。しかし窃盗は犯罪なだけに「アルコールなどと比べ、正直に話がしづらい」と加藤佳彦院長。その場も新型コロナウイルス禍で休止を余儀なくされ、現在は診察で対応する。
それでも加藤院長は「少し窃盗が止まると、もう人に頼らなくても大丈夫と思い込み、再発する人がいる」とし、継続的な支援が必要不可欠と指摘する。
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大島さんは今、幸いにも正直に語る場を得た。行政の職員に依存症リハビリ施設「ダルク」を勧められ、茨城県の施設を経て2019年10月から新潟市南区の新潟ダルクで暮らす。
ミーティングでは、これまでの盗みを素直に話す。勇気が必要だったが「やましい気持ちを黙っているよりすっきりする」。損害を与えた店に申し訳ないと思えるようにもなった。仲間と一緒の安心感も大きい。
盗みは止まっている。回復の実感はまだないけれど「いつか立派に社会で働きたい」と前を見据えた。