【2021/10/06】

 母親は就学前に家を出た。覚醒剤使用で逮捕されたことがある父親はほとんど面倒を見てくれず、「これで必要な物を買え」と1日500円を渡すだけ。数日帰らないこともあった。

 自分もかつて暴力団に所属し、薬物に溺れた。満たされない心を埋めてくれたのが2年共に過ごした愛犬レン。

 新潟市の会社員佐藤学さん(43)は、昨年一生を終えたレンの写真を見つめて、涙ぐんだ。それまでは、生きる意味が見つからず「ただなんとなく生きていた。レンが生きる楽しさを教えてくれたから立ち直れた」。

 レンとの出会いは3年前。覚醒剤使用の罪で服役し、刑期を終えた直後に偶然立ち寄った居酒屋が、知り合いの夫婦が営む店だった。犬好きなことを話すと、レンを連れてきてくれた。刑務所にいたことを知った夫婦は「これを機に立ち直って」とレンを譲ってくれた。

 当時7歳のメスのアメリカン・ピット・ブルテリア。家に帰ると必ず玄関で尻尾を振り待っている。闘争心が強く扱いが難しいとされているが、とてもなついてくれた。いつも自分のことを目で追い、言い付けをよく守った。犬を飼ったことはあったが、こんなに相性がいい犬は初めてだった。「自分を必要としてくれるのがうれしかった」

 現在一緒に暮らすパートナーの40代女性と出会ったのも、レンのかっこよさに引かれて女性が話し掛けてきたことがきっかけだ。

 出所した後は「薬は絶対に使わない」という確信は持てなかったが、レンを通じて人との出会いが広がったことで「気付けば薬のことを考えないようになった」。

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 幼い頃を振り返ると寂しい記憶がよみがえる。酒癖の悪い父親は母親に暴力を振るい、就学前に両親は別れた。父親と暮らすようになった。

 孤独感や空腹を紛らわそうと、お菓子やおもちゃを何度も万引した。小学2年の時、万引で補導された。教護院(現在の児童自立支援施設)に入所し、中学3年までの約7年を過ごした。祖母らは時々面会に来たが、両親は一度も来てくれなかった。

 教護院を出た後は母の元に身を寄せたが、母が再婚していたこともあり家にいづらく、徐々に悪い仲間とつるむようになった。

 暴力団に入って傷害事件や窃盗事件を起こしたが、「仕事と思ってやっていたので悪いことだと感じてなかった」。暇つぶしに始めた覚醒剤を毎日使い、逮捕された。「生きる目的も楽しみもなかった」

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 レンとの出会いで生活は一変した。定職に就き、レンとの散歩を日課にすると、珍しい犬種のため近所の人たちに声を掛けられた。「何げない会話が楽しくなった」。パートナーや会社の人たちに過去の過ちを正直に話し、受け入れてもらった。

 昨年、レンは腎臓病になった。既に手遅れだったが、抱っこして散歩するなどこれまで通りの生活を送れるように心掛けた。病気が進行しても、力を振り絞って歩こうとするレンを見て「自分もこんなふうに最後まで必死に生きなければだめだ」と心に誓った。旅立った後、元飼い主の夫婦から「大事にしてくれてありがとう」と感謝された。

 今はパートナーと共に子犬の他にもたくさんの魚、植物を育てながら穏やかに過ごす。日常にある小さな幸せを感じる日々。レンが教えてくれた多くのことが、心の支えになっている。