摂食障害と共に生きる富樫奈央さん。「食べ物に依存する自分を責めるのではなく、気持ちを理解することが大切」=新潟市中央区
摂食障害と共に生きる富樫奈央さん。「食べ物に依存する自分を責めるのではなく、気持ちを理解することが大切」=新潟市中央区

【2021/09/22】

 依存症の種類は多岐にわたる。広く知られたアルコールや薬物以外にも、買い物依存や摂食障害、盗みをやめられないクレプトマニア(窃盗症)などもある。根本には、自尊心の低さ、対人関係のストレス、幼少期のつらい体験など満たされない心を抱えるケースが多く、誰もが無縁とは言い切れない。生活面重点企画「依存症を考える」第6部は、当事者の回復の歩みをたどり、心の奥の痛みを見つめる。

 体重が32キロになった自分を鏡に映しても、まだ痩せているようには見えなかった。二の腕には、まだつまめる肉がある。生理は止まり、肌はカサカサ。椅子に座ると骨があたって背中やお尻が痛い。それでも「20キロ台まで落としたい。頑張ってきれいになればもっとみんなが褒めてくれる」。

 胎内市の主婦富樫奈央さん(48)は24歳の時、拒食や過食などを繰り返す「摂食障害」になった。発症から20年以上たった今も時々太ることへの恐怖に襲われる。ただ、以前のような「徹底的に食べない」「食べ物を吐きたい」という衝動は抑えられている。

 「体形がどうなっても奈央であることに変わりない」と言ってくれる夫の存在も大きい。通院は今も続けるが、「自分のゆがんだ価値観に気付いたことが回復につながった」。

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 摂食障害は、食に異常なこだわりがあり、食べ物を普通に取れない精神疾患だ。10~30代の女性に多く、食べる、食べないに依存するという意味で、依存症の一種とも言われている。2017年の厚生労働省の調査によると、国内患者数は約21万人と推計される。

 富樫さんが摂食障害になったのは短大卒業後、県外で就職し1人暮らしをしていた頃。周りから「太った?」と聞かれたことがきっかけだった。

 「やるときは徹底的にやる」性格で、ダイエットは水以外全く食事を取らない極端な方法だった。体重は2カ月で53キロから32キロに落ちた。周りの反応はすごかった。「モデルみたい」「うらやましい」。そう言われる度に今までにない心地よさを感じた。「もっと痩せたい」。目標体重はどんどん低くなり、ダイエットをやめられなくなった。

 そんな時、友人の結婚式に招待された。自宅で引き出物のバウムクーヘンを目にすると、我慢できず「一口だけなら」と口にした。後の記憶がないが、われに返ると、全て食べ尽くしていた。ほかの引き出物の菓子も食べ、周りにはカスやびりびりに破かれた包装紙が散乱していた。

 その日を境に今度は過食が止まらない。痩せたいのに、胃がはち切れそうになるまで食べてしまう。食べている時だけは嫌なことを忘れられた。スーパーで菓子パン十数個を買い、会計を終えたその場で口に詰め込んだ。周りに人がいても衝動は抑えられなかった。体重はすぐに元に戻った。「このままじゃ太ってしまう」。過食後、喉に指を入れて吐くようになった。

 「一日中、泣きながら食べて吐くの繰り返し。ずっと食べ物のことばかり考えていた」。食費が足りず借金までするようになった。1人暮らしをやめて県内の実家に戻ったが、過食、嘔吐(おうと)する日々が続いた。

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 気付けば既に30代になっていた。周りの友人は結婚や出産を経験し、とても幸せそうに見えた。「何をしているんだろう」。吐き終わった無力感の中で考えるようになった。

 「人より優れている部分がなくてはだめ」。自分の中にある価値観に気付いた。教育熱心な両親に育てられた。母親はいつも他の子と比べた。テストで良い点を取って褒められることに自分の価値を見いだしていた。でも大人になると何を自分の価値にすればいいのか分からない。痩せて周りに褒められた時、認められた感じがした。

 何もできなくても今日一日を生き抜いた自分を褒めてあげよう。自助グループに参加し、悩みを分かち合った。食べる恐怖を減らすため、レストランで1人前のサラダをゆっくり食べる練習もした。食べ物への執着は和らいでいった。

 ただ今も、ストレスがたまると痩せたい気持ちが強くなるときがある。そんなときは自分に言い聞かせる。「私は私のままでいい」