
かつて長距離列車に連結されていた食堂車。車両の高速化などで姿を消し、今では全国でも数えるほどになった。
1962年の新潟日報では、特急「とき」、下り急行「越路」、上り急行「佐渡」で食堂車の営業が始まったことが紹介されている。
記事によると売り上げはかなり好調だったようだ。列車給仕係は「定食よりお好み食のほうが喜ばれる。一人1食だいたい500円、それにビールをつけて千円というのが標準のようです」とコメントしている。

時は流れ、近年は車内で食事を楽しむことを目的とした「レストラン列車」が全国各地で増えている。
新潟県内では、JR東日本が「越乃Shu*Kura(こしのしゅくら)」「海里」を運転しているほか、隣県の福島、長野などでも走っている。
筆者は何度か、えちごトキめき鉄道(新潟県上越市)の観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」で食事を楽しんだことがある。列車で料理を味わい、車窓を眺めていると、見慣れた場所も新鮮に見えてくる。
5月25日は「食堂車の日」。1899(明治32)年のこの日に、日本で初めて食堂車が連結された列車が走ったのだという。
いつもとは違ったぜいたくな時間を過ごせる「雪月花」で働く人たちや地元食材尽くしの料理などを紹介する。

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