
日本とブラジルの国交樹立から130周年と、サイトのリニューアルを記念して始まったこの企画。アルビレックス新潟の歴史を彩ったブラジル人選手のベストイレブンを決めようと、予想以上に多くの投票をいただき、本当にありがとうございました。サポーター歴で言うと、1990年代からが2割、2000年代からが6割、2010年代以降が2割といったバランスでした。
早速、結果を発表したいと思います。まずはGK部門です。
GK部門
第1位 アレックス・ムラーリャ(2018)

GKはムラーリャだけだったので、決定済みでした。このひげに髪型、風貌が印象に残りますが、セレソン選出歴もあるだけにプレーの面でも見せてくれました。
「PKの際に独特なダンスで話題も集めた選手がやってきて、うちでも見事なPKストップを見せて劇的な勝利に貢献した金沢戦は思い出深いです」(31歳男性)。金沢戦のPKは、中央に蹴られたボールを右足を残してはじき出したナイスプレーでしたね。試合終了間際の渡邉新太の得点で、3-2で勝利した試合。結果的にもムラーリャのPKストップは勝利に大きく貢献しました。ただ、この時はダンスはなく、どっしりとした構えでした…。
金沢戦以外でも、水戸戦でのビッグセーブ連発を印象的な試合として挙げている方も多くいました。「18年アウェー水戸戦の獅子奮迅の活躍を忘れられない!在籍期間は短いが忘れられない選手です」(40歳男性)。
あと、「たまにセットしたボールを前にずらして主審から注意されてたとこ笑笑 ブラジル人っぽいずる賢さを感じた」(26歳男性)というエピソードも面白いですね。
ちなみに、新潟日報社内では、GKの候補に「ジェルソンがいないぞ!」という声もありました。野澤洋輔次期社長も指導を受けた名GKコーチです。

DF部門
第4位 セルジオ(1999-2002)

「セルジオ越後の壁」という横断幕が有名です。初期のJ2時代を支えたセンターバック。184センチで長身は長身なんですが、跳躍力なども含めて、まさに壁でした。ヘディングも強く、2002年だけで6点取ってます。さすがに実際のプレーを見ている人は少数派のようです。
ただ、「私がアルビレックス新潟を応援するきっかけになったのがセルジオ選手 プレーは熱くて強いのに普段はとってもフレンドリーで大好きでした^ ^」(52歳女性)「日本語も覚えチームやサポーターとのコミュニケーションに取り組んでいた」(65歳女性)と、とても優しい人柄でした。

それでも「セルジオ越後の壁という横断幕は歴代No.1の秀逸さ」(46歳男性)と、コメントをいただいたほぼすべての人が「越後の壁」と書くほど…二つ名が20年以上経っても知れ渡っているのはすごいですね。
第3位 コルテース(2015-16)

この人も元セレソン、左サイドバックです。金珍洙(キム・ジンス)が移籍した翌年に加入しました。「ももをしっかりと上げて走り、かっこいい髪型のコルテースが記憶に残っている」(26歳男性)「コルテースの攻撃力や縦への突破が魅力的でした」(27歳男性)。あとは、子どもに優しい、人格者というコメントも多かったです。
MFレオ・シルバ、FWラファエル・シルバと、各ポジションに大きな存在がそろっていた時代です。
第2位 アンデルソン(2003-04)

この写真は2003年の開幕戦。初のJ1昇格を決めたシーズンはアンデルソンのヘディング弾で幕を開けました。セルジオが退団し、入れ替わるようにアンデルソンの加入が決定。3月9日に来日、10日にキャンプ合流、そして16日の開幕戦でこの活躍というドタバタぶりでした。192センチの長身で「2代目越後の壁」でもあり、「越後山脈。圧倒的な高さで沈めた2003ファーストゴールは忘れない」(32歳男性)というコメントがあります。
また、実は新潟のJ1初勝利につながる初ゴールもこの人からでした。2004年の第2節で頭を打って救急車で運ばれたアンデルソン。第3節柏戦で「J1初勝利となった柏戦でまさかのカウンターでのオーバーラップから得点を生んだ攻撃も印象に残っています」(42歳男性)。右からアーリークロスを上げて鈴木慎吾の得点を演出。本当に頼りになる存在でした。
「高身長でスピードのあるアンデルソンと丸山(良明)のコンビは安定感あって大好きでした。幼少期の数少ない記憶の1つです!」(27歳男性)
第1位 アンデルソン・リマ(2005)

この写真いいですよね。“例”の川崎戦です。この試合まで5試合勝ち星なし、前節は0-5の大敗でした。
そうして迎えた川崎戦。先制を許した後、船越優蔵の得点で追い付き…。「なんといっても、反町監督解任危機を救ったFK、代打リマ!」(61歳男性)「ビッグスワン360度からのリマ!コール。蹴る前から決まる気しかしなかった。あの熱気、空気感は今でも忘れられない」(33歳男性)

同点に追いつき、何としても勝ち星が欲しい一戦。後半39分に鈴木慎がもらったゴール正面での絶好のFK。誰もがリマの登場を期待。反町監督も投入を即断、スタジアムは絶叫に近いリマコールに包まれた。
シュートコースは「キーパーの位置を見てすぐ決めた」という。集中力を高め、鋭くけり抜くと、ボールは壁左端の頭上を大きくカーブしながら抜け、
ゴール左側に突き刺さった。
リマに少しでも余裕を与えようと、「相手の壁の位置が近い」とクレームをつけて時間を稼いだ海本慶。指揮官も「時間がたてばたつほど、キッカーが有利になる」と言い切る。貴重なアシストとなった。
試合終了のホイッスルとともに、ピッチに崩れ落ちたように見えたリマ。「あれはピッチに感謝したかったんだ」と人なつっこい笑顔を見せた。
この時の映像はYouTubeのJリーグ公式チャンネルにもありますので、ぜひ見てみてください。リマは1シーズンだけでしたが、30試合で8得点(このうち4点が直接FK)。大きなインパクトを残し、オールスターゲームにも出場しました。

「退団会見の涙には感動した」(55歳男性)。シーズン途中に名門サンパウロからオファーがあっても、責任を果たそうとシーズンを戦い切りました。「新潟のサポーターを忘れることはない」と涙ぐみながら、感謝の言葉を残しました。
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5人から4人選ぶ難しさ、左サイドが2人いたこともあり、僅差で次点のジウトンがかわいそうなので、ご紹介します。

2009年に在籍し、そのプレースタイルは超攻撃的。「ジウトンの意味のわからない猪突猛進さが大好きでした!」(36歳男性)「アウェー広島戦で見せてくれた身体ごと押し込んだゴールは今も忘れません」(29歳男性)という声もあれば、「上がったら帰って来ないから本間勲が苦労してたな」(51歳男性)というコメントもありました。
MF部門
第3位 ファビーニョ(2003-06)

「ファビがいたからJ1に初昇格できたと今でも思っています。献身的なプレー、最後まであきらめない姿は忘れません」(55歳男性)。ドリブルやスピード、テクニック、勝負強い決定力…。昇格争いのライバル、広島相手の2ゴールも鮮烈でした。
ただ、それ以上にコメントに並んだのは「新潟の象徴」という言葉です。
「走って走って走りまくる姿は、まさに当時の新潟のプレースタイルを象徴するような選手でした。06年最終節のお別れゴールは忘れられません」(34歳男性)、「新潟の泥臭いサッカーの象徴」(49歳男性)、「ファビーニョは『アルビの戦士は国籍関係なく走り闘わなきゃいけない』を体現していたと思う」(33歳男性)。
ファビーニョがどれくらい特別な存在だったか。それを表す一例として、当時の新潟日報は「お別れゴール」を一面の真ん中で伝えました。

ピッチに立ったのは1点を追う後半17分から。体を張ったひたむきなプレーはいつも通りで、ピッチを縦横に駆け回った。「まずチームを助けようとピッチに入った。点を取ったけど自分の中ではあれで終わりじゃなく、気持ちは逆転へといっていた」
新潟にとってJ1で3年目、鈴木淳監督就任1年目の今季リーグ戦最終節。試合には敗れたが、ブラジル人アタッカーはスタジアムを埋めたサポーターとチームメートの胸に、最後まで勝負をあきらめないという“新潟魂”をあらためて刻み込んでくれた。
2002年に大分トリニータから戦力外を通告された後、03年に当時J2の新潟に加入。抜群のスピードで攻撃陣を引っ張り、J1昇格の立役者の一人となった。
新潟になじもうとする姿勢と温かい笑顔はサポーター、チームメートに慕われた。好物はラーメンと納豆。反町康治・前監督からは「あいつは日本人だよ」と親しみをもっていわれ、鈴木監督からも「気持ちの入った選手。チームの一員として貢献する方法を知っている」と信頼は厚かった。
「新潟でプレーしたことは人生の大きな1ページだった。サポーターやたくさんの人々にお礼を言いたい」と試合後、話した33歳。雨が降り続く新潟スタジアムには、いつまでもファビーニョコールが響き渡っていた。
第2位 マルシオ・リシャルデス(2007-10)

前人未踏の記録がつくられたのが、2010年の仙台戦でした。1本目が矢野貴章が倒されて得たPK。2本目はキーパーが一歩も動けない鮮やかな直接FK。3本目は本人が「狙っていた」という後半ロスタイムの決勝点、CKのボールを鋭く曲げて直接ネットを揺らしました。PK、FK、CK、パーフェクト・デッドボール・ハットトリックというらしいです。こちらもJリーグの公式チャンネルで見ることができます。
「当時はFKを得ただけで得点の期待でワクワクしました」(59歳女性)「マルシオのフリーキックはもう蹴る前から入る未来しか見えなかった」(30歳男性)と、もちろん多くのサポーターがセットプレーのことを書いてくれましたが、それ以外のテクニック、スルーパス、アクロバティックなシュートまでも一級品でしたね。
第1位 レオ・シルバ(2013-2016)

ボールを刈り取る能力の高さに、サポーターの誰もが衝撃を受けた選手です。奪った後のキープ力もすごかったですね。「レオ・シルバのディフェンスを中学生の時にみんなでまねをしていた」(26歳男性)、「特定のシーンではなく全てのボール奪取が印象的。奪われた相手選手が何をされたのか分からないような顔をしていたが、観ている側も同じく、何をしているのか全く理解できなかった」(39歳男性)。でも、守備力だけでもありませんでした。
「レオは新潟の頭脳でしたし、シュートも決められた選手。ボール奪取能力が長けていて新潟最高のMFでした。サインも「カタカナ」ってお願いすると「レオシルバ」でなく「レオツルバ」って書いてくれました。そういう対応を含め人間性にも素晴らしさを感じました」(54歳男性)
新潟を忘れず、今でも聖籠に顔を出してくれるのもうれしいですね。

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というMF部門ですが。ランキングではこうなります。

3人が飛び抜けていて、文句なしといった感じでしょうか。続いて激戦区のFW部門です。
FW部門
第3位 マルクス(2002-03)

新潟のブラジル人ストライカーの「元祖」といえば、この人が思い浮かぶのではないでしょうか。2002年の加入早々、反町康治監督が「(先発に)なるよ。ケタが違うもん」と見抜いた通りの活躍。通算77試合で51得点。2年目は1試合4得点を3回記録し、2年連続のJ2得点王となり、初のJ1昇格の立役者でしたね。
「ドリブル、シュート、プレースキック、当時は何をさせてもトップクラスだったと思います」(34歳男性)、「 巧みなシュート技術でゴールを量産し、昇格に大きく貢献。マルクスゴールのチャントは今でも歌いたくなる」(32歳男性)
第2位 ラファエル・シルバ(2014-16)

「ラファはちょっぴり気分屋だけど、やる時はやるストライカー。とにかく脚が速かった!もう少し長く新潟にいて欲しかった選手です」(62歳女性)、「1人で相手ディフェンダーを切り裂くドリブルは見ていてとても魅力的でした」(29歳男性)。
けがもあって、なかなか波に乗れない時期もありましたが、覚醒した時は本物でしたね。前を向いてボールを持ったら1人で決定機をつくってました。
さて、1位はもう分かりますよね。
第1位 エジミウソン(2004-07)

マルクスがJ1昇格の立役者なら、エジミウソンはJ1定着の中心戦力でした。「エジはアルビをJ1のチームにしてくれた」(30歳男性)。本当にその通りだと思います。
新潟で4年連続2桁得点、116試合で62点、2試合に1点ペースです。最後は浦和に移籍して残念でしたが、今振り返ると、よく4年もいてくれたなとも思います。それだけパワーとスピード、テクニックを兼ね備えたトップレベルのストライカーでした。サポーターたちのコメントを見ても、アルビ史上ナンバーワンストライカーに推す声が多いです。
「誰になんと言われようともエジミウソン。戦術エジミウソンで何試合勝ったのだろう。あの理不尽さは忘れません」(27歳男性)、「矢野貴章の最高の相棒エジミウソンは選出が当然」(49歳男性)
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実は4位は半年しか新潟にいなかったペドロ・ジュニオールなんです。でも、21試合で10得点という強烈な印象を残しました。2009年は左のPJ、中央の大島秀夫、右の矢野貴章と、夢のある3トップで、実際にあの時の攻撃の破壊力はアルビ史上でも屈指だったと思います。
ベストイレブン
まとめると、こんな感じになります。ポジションの右左などは独断です。絶対強いですよね。このチームでOB戦を見てみたくなります。
MIP(最も印象に残る選手)
ここからは会員限定コーナーです。ベストイレブン投票と一緒に、サポーターの皆さんに投票していただいた「MIP」という、最も印象に残ったプレイヤーをランキングでご紹介します。ベストイレブンとは少し違った傾向が出ていますので、ぜひ会員登録されていない方は登録して見ていただけますと幸いです。リニューアルキャンペーン期間中でもあります。
では、以下が結果です...











