2023年の第48期棋王戦第3局の感想戦で肩を落とし、うなだれる藤井聡太五冠(当時)=23年3月5日、新潟市中央区の新潟グランドホテル
2023年の第48期棋王戦第3局の感想戦で肩を落とし、うなだれる藤井聡太五冠(当時)=23年3月5日、新潟市中央区の新潟グランドホテル

 将棋は逆転のゲームとも呼ばれる。どんなに最善手を尽くしていても、最後の最後で誤ってしまうと、敗れることがままある。八冠を誇る藤井聡太棋王も、例外ではない。2023年、新潟市で行われた第48期棋王戦第3局。挑戦者だった藤井さんが終盤、相手の玉を仕留める「詰み」の手順を逃した。うなだれる藤井さんの姿は将棋の難しさ、奥深さを象徴しているようだった。

 23年の新潟対局は、24年の第49期棋王戦第3局と同じく、新潟市の新潟グランドホテルで指された。

 11連覇を目指す渡辺明棋王(当時)に、五冠だった藤井さんが挑戦。藤井さん連勝で迎えた第3局は、渡辺さんにとって、まず、ここをしのがなければ、後がない戦いだった。

 対局は、両者が得意とする角換わりの戦型となった。先手番で圧倒的な強さを誇る藤井さんに対し、渡辺さんは腰かけ銀を撃退する作戦で対抗した。

渡辺明棋王(左)と藤井聡太五冠(いずれも肩書きは当時)による第48期棋王戦第3局の対局=2023年3月5日、新潟市中央区の新潟グランドホテル

 渡辺さんがリードする形となったが、藤井さんも粘り強く指し、追い上げる。最終盤、渡辺さんが決め手を逃し、渡辺さんの玉に詰みが生じた。相手は、詰め将棋を得意とし、絶対的な終盤力を誇る藤井さん。どうなるのか。

 くしくも、大盤解説場では解説役の高見泰地七段が悲鳴を上げた後、「神の詰みが見えました」と語った。聞き手の山口恵梨子女流二段がどちらがと尋ねると、「渡辺棋王の玉がです」。

 ただ、そのチャンスを藤井さんは逃してしまう。対局中、それに気づいたのか、指し手の間に、藤井さんのしょげるようなシーンが中継映像に流れ続けた。そして、藤井さんの投了。

第48期棋王戦第3局の感想戦で悔しげな表情を見せた藤井聡太五冠(当時)

 藤井さんは終局後、「最後に一瞬、チャンスがあったが、逃して少し残念だった」と振り返った。その上で「切り替えて、次はいい状態で臨めればと思う」と語った。次の局、藤井さんは見事に勝利し、六冠を達成。八冠に向けて、歩みを進めた。

 ただ、その八冠ロードは平坦ばかりだったわけではない。1年前の対局からは、藤井さんにも苦しい道があったことが伝わってくる。