
将棋のプロには、プロ棋士の師匠がいる。将棋界の慣例だ。新潟市中央区で指される第50期棋王戦第3局で、藤井聡太棋王に挑む増田康宏八段の師匠は、森下卓九段。対局会場には、日本将棋連盟の常務理事として列席する森下九段の姿があった。初めてのタイトル戦に臨む弟子へのまなざしや、将棋界の師弟関係について聞いた。
将棋の棋士になるには、養成機関である奨励会に入り、厳しいリーグ戦を勝ち抜くのが一般的だ。そして、入会試験を受ける際は、プロ棋士の推薦が必要で、プロの師匠が必要となる。
増田八段が森下九段の弟子となったのは、2007年の秋。小学4年生だった。羽生善治九段らが通った東京・八王子市の将棋クラブの指導者から紹介されたことが縁だった。
▽驚くような強さ
森下九段はそれまで3人の弟子を取っていた。しかし、もう弟子は取らないつもりだった。「奨励会があまりにも厳しい」世界だからだ。
しかし、増田少年の棋譜を見て、実際に会い、森下九段の考えは変わった。「わたしが将棋を覚えたのが小4の冬休みなんです。増田は小4の9月か10月でしたけれども、もうはっきりいって驚くような強さだったんです。小4でこんな将棋が指せるのかと思った」と振り返る。当時、増田少年の将棋を見た青野照市九段も「われわれと同じような将棋を指す」と驚嘆したという。

将棋界では師匠が弟子に将棋の指導をしないことは珍しくない。森下九段は言う。「今でこそ変わっているが、師匠は弟子に教えないという不文律が昔からありまして、一局も教わらなかった人も多いんです」
森下九段の師匠は故・花村元司九段。賭け将棋で稼ぐ「真剣師」から、棋士となった異色の経歴を持つ。森下九段は師匠から「1000局くらい教わっていると思います。先生に一から十まで教わった」という、異例の棋士でもある。
増田少年が入門した当初、森下九段は週に1回ほど増田少年の自宅に通っては将棋を指した。「最初はわたしの方が強かったんですけど、中学生になるくらいにはそん色ないくらいの強さでした」と振り返る。
▽三段リーグ
増田少年は中学生で奨励会の三段リーグに上がると、その才能もあって史上5人目の「中学生棋士」が誕生するのかと注目を集めた。

森下九段も「遅くとも中学生棋士」と考えていた。だが、増田八段が四段に昇段(プロ入り)したのは2014年。17歳を迎える直前だった。「いろいろと悩んで苦しんだ時期があった」と師匠は話す。
当時は...