母から教わったという時計修理について語る和田源一さん=2025年8月、北海道小樽市
 母から教わったという時計修理について語る和田源一さん=2025年8月、北海道小樽市
 白壁にかかる大きな時計が目を引く「和田時計店」=2025年8月、北海道小樽市
 和田さんの父・源次郎さんが戦地で上官からもらったという懐中時計
 店の奥にある工房で今でも修理を手がける和田源一さん=2025年8月、北海道小樽市
 父・源次郎さんから伝え聞いた戦中の記憶を語る和田源一さん=2025年8月、北海道小樽市
 千島列島で撮影された和田源次郎さん(最後列左から3人目)ら小樽時計商組合員の集合写真

 北海道の港町・小樽から戦中、旧日本軍の要請で北方領土や千島列島に時計職人が勤労奉仕で派遣されていた。「戦争の勝利のため」に職人の技術も徴用された。かつては多くの時計修理職人たちが店を構え、腕を競った小樽だが、今残るのは1店のみ。港町を歩き、海を渡った時計職人たちの知られざる歴史をたどった。(共同通信=戸田和敬)

 ▽残された写真

 観光客が集う小樽運河沿いから500メートルほど西に位置し、人出が落ち着いたエリアに店はある。白塗りの外壁にかかった大きな時計が人目を引く。時計修理技能士、和田源一さん(81)が「和田時計店」を守る。

 小樽は大正時代、商社や金融が軒を連ね、北海道開発の中枢都市として発展...

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