老松を描いた崇念寺の住職高橋大我の作品=2025年7月、秋田県横手市(撮影・藤井保政)
 老松を描いた崇念寺の住職高橋大我の作品=2025年7月、秋田県横手市(撮影・藤井保政)
 母トーシャに抱かれる4歳くらいの高橋大我(左端)。その右から、祖母、父義雄、三男義人。後列左から、次男宇一朗、長女久仁恵、長男恒雄=1937、8年ごろ、東京・世田谷の自宅
 日本人の父とロシア人の母を持つ崇念寺の住職高橋大我。自身を「ハーフ」ではなく「ダブル」と呼ぶ=2025年7月、秋田県横手市(撮影・藤井保政)
 崇念寺にあるスタルヒンの墓=2025年7月、秋田県横手市(撮影・藤井保政)
 高橋大我と家族の年表
 タイトルカット

 大人の背丈ほどのカンバスで、松の巨木が晴天を突く。枝はねじれ、折れた枝の痕はこぶに。作者で崇念寺(そうねんじ)=秋田県横手市=住職の高橋大我(たかはしたいが)(92)は言う。「絵描きは自分の中身を(絵で)示したいものです」。大陸で夢を追った日本人を父に、帝政ロシアのブルジョアの娘を母に持つ高橋はこう話し、唇を結んだ。

 ▽絹のストッキング

 ロシア革命、シベリア出兵、二つの大戦と冷戦―。崇念寺には20世紀の世界史が影を落とす。

 父義雄(ぎゆう)は1887年、寺の長男として生まれた。浄土真宗の学校で学ぶ一方、東京にある正教会聖堂「ニコライ堂」など西洋建築や聖像画に感銘を受ける。1910年に日本海を...

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