岩手県遠野市の菅原神社で、宮大工に作ってもらったしし頭を持つ富川岳。「分身のような感じがして、とても思い入れがあります」。神社の例大祭で、張山保存会がしし踊りを披露している=2025年9月(撮影・林昌三)
 岩手県遠野市の菅原神社で、宮大工に作ってもらったしし頭を持つ富川岳。「分身のような感じがして、とても思い入れがあります」。神社の例大祭で、張山保存会がしし踊りを披露している=2025年9月(撮影・林昌三)
 郷土芸能団体が一堂に集まる「日本のふるさと遠野まつり」に向け、屋外でしし踊りの練習をする富川岳。日が暮れた後、踊り手らが集まってきた=2025年9月、岩手県遠野市(撮影・林昌三)
 「日本のふるさと遠野まつり」の「しし踊り大群舞」で踊る富川岳。岩手県遠野市のしし踊りの団体が集まった=2025年9月、岩手県遠野市(撮影・林昌三)
 神奈川芸術劇場で「雌じし狂い」を踊る富川岳(中央)と井手進之典(左)。滑らかな動きの井手は「スポーツではなくストーリーだ」と富川にアドバイスする。右に座る雌は、富川と同じく岩手県遠野市に移住した阿部拓也=2025年10月、横浜市(撮影・林昌三)
 富川岳の年表
 タイトルカット

 日の暮れた山里に太鼓の音が鳴り出すと、世間話をしていた人たちがおもむろに列をなし、踊り始めた。2018年の夏。岩手県遠野市に移住し3年目を迎えていた富川岳(とみかわ・がく)(38)は、郷土芸能のしし踊りの練習風景を目の当たりにした。

 小さな公民館の敷地のぽつんとした明かりの中、音と共に踊りの世界に入っていく男女に見とれた。そのつもりはなかったのに、程なくして自分もそのうちの一人になった。毎年5月ごろに踊り始め、秋まで断続的に催される祭りが本番だ。

 しし頭をかぶり、息苦しさの中、反復する太鼓と笛の旋律にあおられるようにステップを踏む。息が荒くなり、自分の中にある野性的なものが表出し、解放される...

残り2096文字(全文:2396文字)