国有化されたイランの石油を積んで神奈川県・川崎港に着いた出光興産のタンカー日章丸=1953年5月
 国有化されたイランの石油を積んで神奈川県・川崎港に着いた出光興産のタンカー日章丸=1953年5月
 2004年2月、テヘランでイランのアザデガン油田開発契約に調印した国際石油開発の松尾邦彦社長(左)と国営イラン石油のミルモジ総裁(共同)
 2019年6月、イランの首都テヘランで会談する最高指導者ハメネイ師(右)と安倍首相(イラン最高指導者事務所提供・共同)

 日本と産油国イランの原油を巡る長い歴史では、光と影が交錯する。出光興産が1950年代、国際的に孤立していたイランから石油を輸入した「日章丸事件」は友好の象徴とされ、小説「海賊とよばれた男」で描かれた。一方、獲得した「日の丸油田」の権益を、イラン核開発疑惑への国際的な批判の高まりから手放した苦い記憶もある。

 ▽親日感情

 第2次世界大戦前から欧米メジャーが支配していた石油産業。イランは国有化を目指したが、英国系資本と利権交渉が行き詰まり、51年に強行した。出光はイランと極秘に交渉し、危険を覚悟でタンカーを派遣した。英国の包囲網を突破して石油を持ち帰り、イランの親日感情は高まった。

 日本の高度経済...

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