
水俣病の救済枠組み
「公害の原点」とされる水俣病では行政の不作為が繰り返されてきた。国は被害拡大を防げず、患者認定基準を厳しいまま放置。2度の「政治決着」は全面解決にほど遠く、取り残された多くの人が今も救済を求める。被害者の高齢化が進む中、全員救済という願いに国が背を向けたまま、時間だけが過ぎていく。
▽固執
「環境省の基準が解決のネックになっている」。30日の石原宏高環境相と被害者団体との懇談。基準変更を求める声に石原氏が明確に応答することはなく、「政治が動くべきだ」との要求にも何ら回答はなかった。
1956年の水俣病公式確認から15年後の71年、公害問題を最重要課題とする環境庁が発足し、74年の公害健康被害補償法...
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