
インタビューに応じる更田豊志さん=4月1日、東京都港区
東京電力福島第1原発事故を教訓に、2012年9月に発足した原子力規制委員会の2代目委員長を務めた更田豊志さん。初代の田中俊一さんが築いた原子力規制の独立性と透明性を引き継ぎ、委員時代を含めた10年間、厳格な姿勢を堅持した。退任後は原子力損害賠償・廃炉等支援機構で、福島第1原発の溶融核燃料(デブリ)を取り出す工法検討の司令塔として廃炉に向き合っている。
幼少期は、鉄腕アトムが好きで落ち着きがなく、よくしゃべる子どもだったという。生まれた1957年は、茨城県東海村で日本初の実験用原子炉が臨界に達した「原子力の火」がともった年と重なる。
「今より科学技術が開く未来を信じられる時代だった」。科学者を目指...
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