生まれ故郷に錦を飾る人生もあれば、異境の地の人々に敬愛される人生もいいものだ。そんな思いを抱かせる本県ゆかりの俳人がいる。幕末の長岡藩士とされ、長野県南部の伊那地方で晩年を過ごした俳人井上井(せい)月(げつ)(1822~87年)である
▼各地を放浪する「一所不在」を貫いて、周囲に出自を語らない謎多き生涯を送った。一方で、当地の自然、風土、生活に根差した1700句余りの秀句を残した
▼終焉(しゅうえん)の地には、地元出身者らでつくる井上井月顕彰会があって、人物像や俳句の魅力を探る各種企画を精力的に展開している。大正期の句集や昭和期からの改訂版をまとめた「新編 漂泊俳人 井月全集」の監修もその一つ。「雪車(そり)に乗りしこともありしを笹粽(ちまき)」など、掲載句の中には、越後を詠んだと思われる作品も複数盛り込まれている
▼顕彰会は2014年から、命日である3月10日(旧暦2月16日)前後に「井月忌の集い」を都内で開いてきた。郷土の先人を全国に発信したいと始めた企画で、今年で13回目を数えた
▼この間、「角川俳句大歳時記」(KADOKAWA)に、春の季語として「井月忌」が掲載された。10月12日は松尾芭蕉の「翁(おきな)忌」、9月19日は正岡子規の「糸瓜(へちま)忌」など、忌日の収録は著名な俳人の仲間入りともいえる
▼戊辰戦争や長岡空襲などにより、井月と長岡をつなぐ史料は乏しい。とはいえ、移住した地の人々の営みを詠み続け、今も愛される生き方に触れると、光を当てたくなる越後人の一人である。
