朝、目覚めとともに夢は幕を閉じる。その儚(はかな)い体験の中に、いにしえの人々は未来を映す神仏からのメッセージがあると信じていたという

▼古事記は崇神(すじん)天皇の話を伝えている。国に疫病がはびこり民が死に絶えるかと思われた時、憂えた天皇は「神床(かむどこ)」にこもった。夢に現れた大物主大神(おおものぬしのおおかみ)の言葉に従い、「オホタタネコ」なる人を見つけ出して大物主大神をまつらせたところ、国は安寧になった(酒井紀美「夢の日本史」)

▼現代に夢を現実の前触れだと信じている人は少ないかもしれない。それでも正夢になってほしい夢はある。北朝鮮に13歳で連れ去られた横田めぐみさんの弟・拓也さんはことし、めぐみさんが帰国する夢を見た。めぐみさんが日本の女子生徒たちに迎えられ、記者が殺到していたという

▼佐渡市で母ミヨシさんの帰りを待つ曽我ひとみさんも先月、車椅子に腰掛けて元気に笑うミヨシさんの姿を夢で見た。蛮行によって引き離された家族への思いがにじむ

▼めぐみさんは拉致される前、夢について歌っていた。新潟小学校を卒業する際の謝恩会で合唱した「流浪の民」。めぐみさんが独唱したパートは「慣れし故郷を放たれて、夢に楽土求めたり」だった。歌声は本紙ウェブサイトで聞くことができる。高く伸びやかに響く歌詞が、その後の運命と重なり、胸に迫る

▼拉致から半世紀近くがたった。閉ざされた海の向こうで被害者は母国に帰る日を夢見ているだろう。決して夢にとどまってはならない、切実な願いだ。