【2021/07/02】
「犯罪者の娘」「お前も薬物やってるんだろ」。何の落ち度もない子どもに悪口が浴びせられた。下越地方の女性(42)は、娘が受けたといういじめを思い起こし、「ショックだった」と言葉少なに語る。
以前、夫が違法薬物の所持容疑などで逮捕された。小学生だった娘は普通に登校していたが、学校では報道やネットの書き込みで事件が広まっていた。悪口だけでなく、無視されることもあったという。
中学生になり、娘は初めて打ち明けた。「パパのせいでいじめられるから、もう行きたくない」。いじめは中学でも続いていたようだった。不登校になり、自傷行為をした。食も進まず体重は10キロ落ちた。
女性には疑問がある。なぜ、夫を理由に娘がいじめられるのか。
かつて「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」との啓発CMがテレビで盛んに流された。現在の学校現場では「ダメ。ゼッタイ。」の掛け声で薬物乱用防止を訴えている。
女性も「夫は薬物をやめてほしい。娘にも使わせない」と話すが、一方でこうも思う。薬物使用者は絶対に駄目なことをした「人間失格者」で、その子も同類-。そんな偏見が啓発や教育で強められ、いじめにつながっていないか、と。
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「人間やめますか」が公然と使われることは減ったが、薬物依存症者や家族にとって目を背けたいような啓発は今もある。
県が中高生に募集する「ダメ。ゼッタイ。」普及運動ポスターコンクールでは近年、薬物使用者を生きた人間ではないかのように描いた作品が複数ある。薬物依存症は本人の意志や性格の問題ではなく、回復も可能な病気だが、使用者本人を責めるような言葉や、一度の使用で人生が破綻するとの趣旨の絵も目立つ。
ポスターを含む県の啓発について、県感染症対策・薬務課は「薬物に手を染めていない人へのスローガンをあまり曖昧にしても効果は出ない」とし、あくまで「入り口」に入らせないのが目的だと語る。
ただ、薬物の怖さを強調するだけで、手を出さなくなるとは限らない。薬物使用の背景には、子ども時代のいじめや家庭環境などを含め、さまざまな生きづらさもあると言われる。
実際、覚醒剤取締法違反を含む罪で2017年に全国の刑事施設に入所した受刑者への調査では、子どもの頃に親の死や離婚を経験した割合が男女とも5割超。家族からの暴力被害は男性27・6%、女性では39・0%に上った。
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そんな中、県内では「怖さ」を訴えるだけではない啓発も広がる。
1日、新発田市の東中学校であった薬物乱用防止教室。新潟少年鑑別所の法務教官、田村勝弘さん(50)が3年生75人に質問した。「悲しい、苦しい時、誰かに話したり助けてもらったりできますか?」
他人を信じられず、孤独な人が薬物乱用や依存に陥りやすいと説明し、友人や家族、先生など「弱みや本音を言える人を見つけて」と語り掛けた。
これまで多くの学校で講演した田村さん。薬物は「手を出さないに越したことはない」が、「使えば人生が終わる」などの説明はしない。それぞれの事情から薬物を使った子が「人生終わりになんてならないじゃないか」と使用をさらに重ね、大人に不信感も募らせる-。そんな「逆効果」になりかねないという。
何より、2年前まで勤務した新潟刑務所で薬物依存症者と接してきた経験から「彼らは人生が終わった人たちではない」と言う。
受刑者には出所後、支援者らとつながり回復する人がいる。一方で周囲の偏見もあり、孤立した末に再使用する人も多い。
東中での教室で、田村さんはこう呼び掛けた。「ダメ、ゼッタイと言われるけれど、薬物を使ってしまった人は駄目じゃない。孤独を抱える人たちに寄り添ってほしい」
=おわり=